3日で陥落と言われたウクライナの驚異的な持久力の源は何か?

まったくタイトルに偽りなく、軍事学の大枠を非常に簡潔にまとめた本だ。だが入門といっても、漠然とした概念と一般受けするネタを並べただけの本ではない。かなり高度な内容までカバーし、書きぶりも入門教科書に近い。

本来なら、一般人がこんな本を読む必要はなかったはずだった。戦争といえば第三世界の小競り合いしかなかった20世紀末に育った人間としては、国連安全保障理事会の常任理事国が率先して爆撃侵略してまわる時代などありえなかった。軍事もごく限られた専門家と好事家だけのテーマで、一般人は「戦争反対、平和は大事」と繰り返せばいいと思っていた。かつて本誌は「乱世に活きた名将の戦略」といった特集が売りだった。軍事はビジネス応用のネタでしかなかった。

それがいまや状況はご存じの通り。願うだけでは平和は実現しない。国連や各種条約も侵略や攻撃を防ぐものではない。戦争を防ぐ交渉や話し合いだって軍事的な裏付けがあればこそ。ではそのための「軍事」は、何を考えてどう整備すべきなのか――それを論じる学問が、本書で扱う軍事学となる。

内容的にはきわめてオーソドックス。クラウゼヴィッツを端緒に政治と戦争の相補性、そこから戦争および軍事の目指すものの整理を行い、文民統制の意義に触れてから実際の軍事の中身だ。軍そのものから、それを使う戦略、作戦、戦術、さらに情報活動や人的資源、兵站へいたんまで非常に要領よくまとめられている。

とはいえおそらく、単なる好奇心で本書を手に取る人にとっては詳しすぎる内容も多い。かくいう評者も、戦略レベルのマハンやリデル・ハートあたりの名前は知っているが、細かい戦術や兵站理論の話となるとまったく不案内だ。とはいえ、それは読者の関心にあわせて読み進めばいい。この本はそのためのよい基盤となる。

ただし本書はあくまで正規軍の話にほぼ限られる。ゲリラ戦やドローンは戦争のあり方を変えたと言われる。すると本書に書かれた軍事学はどこまで有効なのか? あるいは3日で陥落と言われたウクライナの驚異的な持久力の源とは何なのか? そしてそれは本書の基礎概念にどう影響するのか――。

もちろん入門書なのだから、それはないものねだりなのかもしれない。だが、そうしたテーマにも触れたうえで、読み進むための参考文献も詳細に教えてくれる。

本書から見えてくるのは、軍事とは単に武器弾薬ではないということだ。特に日本のそれは工業生産力も含めた広い概念であり、国全体として考える必要がある。そのために、本誌読者も含め、多くの人が本書の内容を大雑把にでも理解しておくべきなのだ。

山形 浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家

1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にオーウェル『一九八四』(講談社)、『ヒップホップ経営学』(DU BOOKS)など多数。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年9月4日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

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