今年7月、2つの作品が全国書店の一番目立つところを占めた。村上春樹の『夏帆』と、冨樫義博の『HUNTER×HUNTER 39』である。一緒に購入し、一気に読んだ。どちらの作家も全作品を読了しているが、同時に読んで気づいたことがある。
そっくりなのだ。
読者が気づくかどうかわからない小さな比喩や設定をいくつも作品にちりばめ、物語が進むうちにそれらが、時限爆弾のように爆発する。サブキャラクターが思わぬ動きをして、物語全体に大きな影響を及ぼす。著者の仕掛けが作品世界を巨大化していくそのプロセスが。
『夏帆』においては、「ありくい」と「シロアリ」だ。主人公の夏帆は26歳の絵本作家。恋人と別れたばかりの夏帆は、担当編集者の紹介でデートをした年上のハンサムな男にいきなり「君みたいな醜い相手は初めてだよ」と穏やかに告げられる。夏帆は怒る代わりに観察して気づく。彼もまた観察しているのだ。「まるでありくいがその細長い舌の先で、シロアリの巣をきれいに舐め尽くすみたいに」
ところが次の章から、このありくいとシロアリは、小説の最重要「登場人物」として、夏帆を翻弄する。ブラジルの奥地に住むありくいの夫婦が夢の中に登場し、武蔵境に導く。そして夏帆の母に「シロアリの女王」が取り憑いてしまったことを告げる。
村上の小説の楽しみは、彼らしいレトリックそのものが具象性を帯びて、小説を大きく転がし、思いもよらない展開を味わえる点にある。そしておそらく著者自身も想定せず、いわば帰納法的に、計画せずに物語が広がっていく。
『HUNTER×HUNTER』では、離れ小島に暮らす主人公の少年ゴンが父の背を追い、ハンターになるプロセスを描く。ゲームのようにさまざまなステージが用意され、それぞれに数十人のキャラが登場し、誰も退場せずに、すべてのステージが絡み合う。数百人に及ぶキャラすべてを血肉化し、初期のサブキャラがのちのステージで重大な役割を担ったりする。緻密な伏線を張りながら描いたのか。おそらく違う。冨樫もまた、描いたキャラがひとりでに動き始めたら、その自由に任せているはずだ。しかも連載漫画だから、単行本化に当たっても、後から推敲できない。ゆえに私たちは冨樫が描き手として遭遇した物語の発生を延々と事後的に体験することになる。こちらもまた帰納法的だ。
村上と冨樫の作品に共通するのは、企みを持って作られた仮説演繹的なスタート時点から、帰納法的に物語が逸脱し、著者の想像も超えた着地点へキャラクターとストーリーとが羽ばたいていく、その自由さ、である。
この自由さとは、すなわち、明日には明日の風が吹く、私たちの人生そのものだ。
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授
1964年、静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社。「日経ビジネス」記者、単行本の編集などを経て、2018年より現職。著書に『国道16号線「日本」を創った道』『カワセミ都市トーキョー』、近著に『アンパンマンと日本人』(新潮新書)がある。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年9月18日号)の一部を再編集したものです。
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