※本稿は、川口マーン惠美、ヴィズマーラ恵子『誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
「贖罪意識や反省などまったくありません」
【ヴィズマーラ】イタリアには第二次世界大戦に対する贖罪意識や反省などまったくありません。というのも、イタリアにとって第二次世界大戦からの「解放」とは、「ナチス・ドイツの傀儡となったムッソリーニの『サロ共和国(イタリア社会共和国)』を、自らの手『パルチザン』で打倒した歴史」という解釈をとっているからです。
イタリア人は戦後、ファシズムを「イタリア史の普遍的な罪」ではなく、「歴史の不運な脱線(一時的な病気)」として処理しました。そして、ファシズムに抵抗した「レジスタンス(パルチザン運動)」の記憶を、あたかも「第二のリソルジメント(民族再統一運動)」のように位置づけました。結果として、「私たちは被害者(ファシズムの圧政から解放された側)でもある」というロジックが成立し、ドイツのような国家ぐるみの強烈な贖罪意識は薄れたのです。
第一次世界大戦でも、第二次世界次大戦でも、イタリアは途中で同盟関係をひっくり返していますよね。
第一次世界大戦前、イタリアはドイツ・オーストリア=ハンガリーと「三国同盟」を結んでいました。しかし開戦すると、「本当に参戦するべきか」をめぐって国内で意見が割れ、最終的には連合国側(イギリス・フランス側)から「戦後に領土を与える」という約束を受けたことで、1915年にオーストリア側へ宣戦布告し、それまで同盟相手だった側と戦うことになりました。
2度もドイツを裏切った国の言い分
【ヴィズマーラ】第二次世界大戦でも、イタリアはムッソリーニのもとでヒトラーのナチス・ドイツと同盟を組み、枢軸国として参戦しました。しかし戦況が悪化し、1943年にムッソリーニ政権が崩壊すると、新政権は連合国側と休戦します。その結果、イタリア国内では「ドイツ側につく勢力」と「連合国側につく勢力」が分裂し、内戦状態に近い混乱になったのです。
つまりイタリアは、二つの世界大戦で、いずれも「最初に組んだ陣営から離脱し、別の側についた」国で、他国からは「裏切者」扱いです。しかし、イタリア国民の感覚からすれば、「無能な王室と狂った指導者(ムッソリーニ)が始めた無謀な戦争から、国家と家族を救うための最善の現実的選択(特殊主義)をとった」となる。
そのため、イタリア人には「国家の栄光のために戦う」という感覚は希薄ですが、同時に「自分たちのアイデンティティが戦争犯罪で全否定された」という深いトラウマもありません。
