かつてメローニ首相もムッソリーニを高く評価

【川口】ドイツはヒトラーとナチス・ドイツに全責任を押し付けて現在に至りますが、イタリアはムッソリーニに責任を押し付けながらも、全否定はしていませんね。

【ヴィズマーラ】はい、ムッソリーニを「貧しい市民の味方であった優れた指導者」と肯定的に評価する自由がいまだに残されています。

メローニ首相は若い頃、ムッソリーニを有能な政治家だったと評価する発言をしたことがあります。現在も党ロゴには、戦後ネオファシスト政党MSI以来受け継がれてきた『三色の炎』が使用されています。

2024年、ジョルジア・メローニ
2024年、ジョルジア・メローニ(写真=イタリア政府/CC-BY-3.0-IT/Wikimedia Commons

罰則規定はあるものの、極右勢力による「ローマ式敬礼(右手を斜め上に挙げるファシスト党の敬礼)」を伴う集会は毎年恒例となっており、ファシズムを想起させる政治文化が一部に残っていることも事実です。さらに右派の年配者の中には、「一部の右派支持者の間には、現在でも枢軸国時代を懐かしむ声が見られます」「あの時(枢軸国から)抜けるべきではなかった」と公言する人たちも存在します。

イタリアでは、ムッソリーニの統治を「独裁と戦争の罪」と「近代化の実績」に切り離して評価する土壌が、戦後早くからずっと存在していました。

湿地を干拓し、バチカンと和解

【ヴィズマーラ】イタリアでは今なお「Mussolini ha fatto anche cose buone(ムッソリーニにも良いところはあった)」という言い回しがしばしば議論の対象になります。たとえば以下のような功績が言われています。

● ポンティーナ湿地帯の開墾:何世紀もの間、マラリアの温床だったローマ近郊の広大な湿地帯を干拓し、近代的な農業都市を建設した。
● 社会保障・インフラの整備:年金制度、雇用保険、労働者向けの余暇組織の創設や、鉄道の電化、高速道路(アウトストラーダ)の建設を急速に進めた。
● カトリック教会との和解(ラテラノ条約):リソルジメント(統一)以来、ずっと冷え切っていた教皇庁との関係を修復し、バチカン市国を独立させることで、イタリア社会の最大のトゲを抜いた。

イタリア国民にとって、これらは「ファシズムというイデオロギー」への賛同ではなく、「自分たちの生活を便利にし、国家の形を整えてくれた具体的な恩恵」として記憶されているのです。

【川口】本来ならドイツでも「ヒトラーも良いことはした」と言えるはずです。でも、ドイツではヒトラーを「すべてが悪かったわけではない」と少しでも相対化して評価しただけで、刑法に引っかかる可能性があります。当然、発表する機会も限られるから、ヒトラーを研究対象とする学者も出てこない。