ムッソリーニは「ただの独裁者」
【ヴィズマーラ】ファシズムの弾圧の対象は主に「政治的ライバル(共産主義者など)」であり、一般国民に対しては「ファシスト党のバッジさえつけていれば、私生活や教会の信仰、あるいは地方の伝統までは干渉しない」という、よくも悪くもイタリア的な「緩さ」がありました。
イタリア人にとって、ムッソリーニという存在は「一人の怪物」ではなく歴史に登場する「強力な専制君主」の20世紀版にすぎませんでした。
「独裁者としては残虐だったし、大国(ドイツ)の甘言に乗って戦争を始めて国を滅ぼした暗愚な指導者(ホノリウス帝の再来)だが、一方で湿地を開墾し、バチカンと和解し、イタリア人に一瞬でも『大国の夢』を見せてくれた有能な政治家(フェデリーコ2世の幻影)でもある」のです。
この生々しく引き裂かれた評価を、イタリア社会は「普遍的な正義」で裁き切るのではなく、「それもまた、我が国の特殊な歴史の一幕である」として、自愛を込めて抱え込み続けているのです。メローニ首相の台頭は、戦後80年をかけて、イタリア国民がこの「二面性」を完全に日常の政治として消化した(タブーでなくなった)瞬間の現れと言えるかもしれません。
ドイツでは完全に「ヒトラーの仲間」
【川口】非常に興味深い! 実はAfDの重鎮のアレクサンダー・ガウランドという政治家が「ドイツは素晴らしい歴史を持った国であり、ヒトラーの12年間は、その歴史の長さを鑑みれば鳥の糞のようなものだ」という意味のことを言って、大騒ぎになったことがありました。
ガウランドは時間の比較をしただけなのに、メディアも政治家も、「ヒトラーの悪行を鳥の糞のように些細なものだと言った」と(自分たちに都合よく)曲解して、ガウランドをナチ礼賛者に仕立てたのです。ちなみに、ガウランドは1941年生まれの政治家で、1973年から2013年まで、40年間もCDU(キリスト教民主同盟)の党員であった人です。
ムッソリーニに関しても、ドイツではもちろん彼の良いところは言わず、完全にヒトラーの仲間扱いです。だからムッソリーニというと、よく見かけるのはヒトラーと並んでいる写真で、「2人のファシスト」といったイメージが定着しています。ドイツのこの状態に比べると、イタリアの緩さというのは悪くないですよ。
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