神秘の大陸「南極」は科学研究でも貴重な場所である。ここを厚く覆う「氷床」は世界最大の淡水貯蔵庫であり、もし全部が融ければ世界中の海面が58メートルも上昇する。そして昨今、地球温暖化によって巨大な氷床が融解しつつあるという。

本書は南極で調査を行ってきた地質学者が、氷床を手がかりに地球の過去から未来の環境変動を解説する。古環境学を専門とする著者が科学をわかりやすく説明する文章には定評があり、過去には講談社科学出版賞も受賞している。

南極大陸の氷床は長い年月に積もった雪が圧縮した「氷の巨塊」である。ここで「氷床融解の連鎖」が始まると、膨大な量の水が海に溢れ出る。問題は、氷床がどの段階まで安定か、いつ急激な融解が始まるか、である。

著者は現在だけでなく過去に目を向ける。氷と岩石・地層・海底堆積物に残された痕跡を調べることで、かつて南極がどのような環境だったか、氷床がどう拡大と後退を繰り返してきたかを精査する。南極の氷や地層は単なる自然物ではなく、環境変動を記録した貴重な「古文書」なのだ。

ポイントは「ティッピングカスケード」(Tipping Cascade)という考え方である。ある変化が臨界点(ティッピングポイント)を超えることで別の変化を誘発し、全体が取り返しのつかない状況へ連鎖する現象のことを言う。

氷床も同様で、気温が上昇した分だけ少しずつ融けるとは限らない。氷の厚さや流れ、海洋との関係、地形などが作用することで融解が一気に進む。これは南極だけの問題ではない。世界的な海面上昇で日本の大都市は沈むのか。普段、南極を意識することはないが、我々の未来と深く結びついているのである。

著者は「過去は未来を解く鍵」という地球科学の基本思想を鮮やかに提示する。「いま南極で起きている変化は、私たちの未来と確実につながっている」(本書6ページ)。同じ考え方で地震防災に取り組む評者は、非常に心強く思った。

そもそも地球は物理学で言う「複雑系」に属するので、予測には必ず誤差を伴う。いくら過去を精査しても未来には必ず「想定外」が起きるのだ。科学の蓄積を裏切る「破局現象」が起きても、何ら不思議ではない。

それを熟知したうえで、可能な限り確からしい未来予測を行い、来たるべき破局に備えたい。「氷床融解の連鎖」と「南海トラフ巨大地震と富士山噴火の誘発」という同類の課題を、地球科学者は全力で迎え撃とうとしているのだ。

特殊で美しい南極の研究を通じて、過去から未来を「長尺の目」で見通し、科学の達成と限界を冷静に判断する。地球環境と人類生存を考える際の第一級の啓発書と言っても過言ではなく、多くの人に読んでいただきたい。

(イラストレーション=保光敏将)

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