「衆院選惨敗に関する総括」をみた率直な感想
最後まで読み通すのが苦痛だった。中道改革連合の、2月の衆院選惨敗に関する総括である。
なぜ読み通すのが苦痛だったのかと言えば、書かれていることの大半が「過去にどこかで聞いたような民主党(立憲民主党)批判」をなぞったものに過ぎなかったからだ。「立憲民主党と公明党の合流」という、従来の民主党系政党とは全く違う新たな状況のもとでの選挙の総括としては、あまりに物足りない。
内容が現在の中道の今後の党建設に多少なりとも役立つものなら、まだ救いようもある。ところが、書かれている内容と言えば、過去に民主党や立憲民主党が「外部有識者」なるものから散々アドバイスされ、結果として党勢をかえって衰退させてしまったものばかりだ。有り体に言えば平成の時代から脱却できていない、かび臭い指摘の羅列なのだ。つまりは「批判しない政党になれ」「左派色を薄めろ」……。
その路線をとって複数の野党が、政権交代どころか、ただの与党の補完勢力と変わらぬ存在になってしまった。そんな過去の歴史に学ぶことなく、中道は外部の声に振り回され、党勢をさらに衰退させる「いつか来た道」を選ぶのだろうか。
だからコアな立憲支持層も離れた
総括の「反省と教訓」で最も強調されていたのは「立憲民主党と公明党の支持基盤と得票議席を勘案すれば、一定の議席を確保できるとの前提に立ったこと」である。そして「とりわけ立憲民主党に投票していた無党派層等が投票したい政党を見失う等の一部離反を招き、加えて他党支持層の獲得にも失敗した」と分析している。
「一部離反」などという軽い言葉では済まない気もするが、ともあれ惨敗の理由が立憲の支持層、特に普段は無党派に近いが選挙では野党に投票するような層をごっそり手放してしまったとの見立ては、選挙直後からさまざま聞かれており、間違いではないだろう。そうであれば、中道が考えるべきはまず「立憲と親和性の高かった無党派層に再び支持(せめて共感)してもらうにはどうすべきか」であるはずだ。
ところが総括では「外部有識者」の指摘として「リベラルへの忌避感」が強調されている。「『リベラル=進歩的』というイメージは若者に通用せず」「リベラルと左派の混同を招き」「不寛容な左派的言動との明確な区別を」……。
これを逆噴射と言わずに何と言おうか。あまりこういう「立ち位置」的な言葉をもてあそぶのは好みではないのだが、2017年の旧党結党当時から「リベラル保守」を標榜してきた立憲民主党自体を、頭から否定する言葉の羅列である。「立憲民主党に投票していた無党派層」どころか、多少の疑問を抱きつつも中道の支持に踏み切ったコアな立憲支持層さえ、一気に切り捨てる表現だと言わざるを得ない。


