救助のロープを奪い合う兵士たち

八杉は大きな破片をかいくぐったものの、次第に泳げなくなった時、一人の高射長が落ち着くようにと告げて自分のそばの丸太を譲ってくれたという。そのまま脱出できた仲間たちと連れ立って重油の海を漂流すること4時間。

2隻の駆逐艦、雪風と冬月が海域に現れ、ロープや縄梯子なわばしごが下ろされたが、今度はわれ先につかもうとする者であふれ、「これが帝国海軍の軍人の姿か」と悲しくなった八杉は雪風の後部に向かう。

すると偶然、浮輪付きロープが投げられ、体を通して合図した途端、上空の敵機を発見した雪風は全速力で走り出した。よくロープが離れなかったものだと八杉は振り返る。やがて停止した艦の舷側のリベットに手を掛けて必死に上ると、甲板では一人の兵隊が引き上げてくれていた。甲板にたどり着くや、その兵隊に何発も殴られ気合を入れられた。

その後、毛布をもらい、気つけに赤玉ポートワインを飲ませてもらう。「賀茂鶴かもつる」や「千福」は海軍に納品されていたが、赤玉とは僕も読んでいて驚いた。すると八杉は胸がむかついてきてオスタップ(たらい)に吐くと、体内の重油やコルクも一緒に出てきた。新しいふんどしをもらい、おにぎりが支給される。八杉たちはやっと安堵あんどしたのだ。

航行中の日本駆逐艦「雪風」
航行中の日本駆逐艦「雪風」(作者不詳/Public domain/Wikimedia Commons

しがみつく腕を叩き落とした過酷な決断

救助に当たった雪風で魚雷発射管射手だった西崎信夫(三重県鵜方村=現志摩市生まれ)に一度会ったことがある。西崎の語りによるノンフィクション『「雪風」に乗った少年 15歳で出征した「海軍特別年少兵」』(小川万海子まみこ・編、藤原書店、2019年)の書評を「中国新聞」に書き、その後、偶然にも東京・新宿の平和祈念展示資料館でじかに語りを聞く機会があったのだ。

その語りはリアルでありながら抑制的で聞き手を納得させるものだった。西崎は大和の沖縄特攻作戦に従い、漂流する兵を引き上げた側だ。助けた兵には階級の別なく往復ビンタを張り、重油を吐かせ、新しい下着や毛布を与えたという語りは八杉の語りと一致している。

逆に雪風の側でしか分からないこともある。

士官を救助しようと降ろされた艇がたちまち漂流者に取り囲まれ、クルーはそれを振り払って士官だけを救助したこと、西崎本人も若い兵をロープで引き上げようとして兵の足にしがみつく下士官の腕を鉤棒かぎぼうたたき落としたこと、雪風の若い予備士官が「元気なやつから拾い上げろ!」と怒鳴ると隣にいた兵長が「元気な奴を引き上げて、沖縄へ再突入するのかよー」と野次ったこと――。