“単独開催”を計画していたアメリカ
もともとアメリカは“単独開催”を計画していた。2022年W杯招致では当選濃厚と見られていた。ところが、2010年12月の最終投票でカタールに8対14で惜敗。アメリカという国に対する「反米感情」もぎりぎりの勝負では勝敗を分ける要因になった。
アメリカは「再び単独開催を目指すと反米感情を刺激する」と読んで、融和のイメージを打ち出したカナダ・メキシコとの共催案を本格的に検討。そして2016年、北中米カリブ海サッカー連盟会長を通して3カ国共催の可能性を公表したのだった。
迎えた2026年W杯選定の投票日――2018年6月13日。アメリカの読みは間違っていなかった。北中米カリブ海サッカー連盟の29協会は事前の約束を守り、すべて北中米開催に投票する。南米サッカー連盟の10協会のうちブラジルのみが合意を覆してモロッコに投票したが、他の9協会は約束通りアメリカに投票した。
投票の結果は、北中米開催134票に対して、モロッコ開催65票、終わってみれば北中米の圧勝だった。アメリカは2022年W杯招致に敗れたリベンジを見事に果たした。
FIFA理事のみによる投票から、すべての国が投票権を持つ制度に変わり、W杯招致は「買収型」から「外交型」に大きく変わった。これからは外交力やイメージ戦略が大きな鍵になる。アメリカのように共催を選ぶ国が増えていくだろう。
フランスの「二刀流の育成モデル」
1998年W杯でフランスは自国開催のW杯で勝ち上がり、決勝でブラジルを破って初優勝を果たす。この優勝でクローズアップされたのが移民系選手の存在だ。
フランスでは移民コミュニティーは失業率が高く、差別や格差が社会問題になっていた。そんな中、ジネディーヌ・ジダン(アルジェリア系移民2世)らの活躍によるW杯優勝は希望の光となり、「レ・ブルー」(フランス代表の愛称)は移民統合の象徴になった。
いくら多様なルーツを持つ選手がいたとしても、彼らが正当に評価されてキャリアを積んでいけるとは限らない。重要なのは、出自に関係なく公平に才能を評価し、伸ばす仕組みである。
1988年、フランスサッカー連盟はパリから南西約50キロの地にクレールフォンテーヌ国立養成所を設立した。全国から13~15歳のタレントを集め、エリート教育を施すための施設だ。
平日は同養成所の寮で生活をして基礎技術やフィジカル能力を伸ばし、週末は近郊のクラブで実戦を積む。この二刀流の育成モデルによってティエリ・アンリ(グアドループ・マルティニーク系移民2世)は才能を開花させ、フランスのW杯初優勝の原動力となった。
フランスサッカー連盟はこのモデルを全土に広げ、現在では計15の施設でエリート教育を行っている。各クラブも育成に本腰を入れ、フランスは世界屈指のタレント大国へと成長していった。
多様な人材プール、平等な育成システム、そして社会的ハングリーさ。それらが掛け合わさることで、フランス代表の圧倒的な強さは構造的に生み出されている。

