作品の価値にはほとんど興味がない

「謎」に熱中するあまり、作品それ自体の価値にはほとんど興味がない、というのも考察ファンダムの特徴です。

作品自体に既に熱中していることが前提なので、作品の評価を改めてする必要がない、というのもわかるのですが、毎週の放送直後の感想の動画で「今回はこの場面が面白かったですね」の一言もなく、いきなり犯人の手がかりにすっ飛ぶ動画も珍しくありません。「感想」や「批評」と、「考察」には距離があると感じるのはこういうところです。また、考察動画には、ドラマとしての評価や同じジャンルの先行作品の影響などを語る空気はほとんどないのが「批評」との大きな違いです。

大島育宙『なぜあなたの感想はふつうなのか』(大和書房)
大島育宙『なぜあなたの感想はふつうなのか』(大和書房)

このように、現在「考察」という言葉やスタンスが盛り上がっていることには様々な特徴や原因があり、時代の流れとして納得がいきます。

しかし、今流行っている「考察」の多くで見られるのは、責任を棚上げにしてその瞬間をインスタントに熱中する姿勢であり、正直、誰でもできてしまうことです。次の作品を観る時に陶冶され、培われ、残っている要素が少ない見方です。そのような熱中は楽しい反面、エンタメへの時間の使い方としてはとても一面的でもったいないと私は思います。

「ああかも、こうかも」で終わらせるのではなく、仮説や結論から逃げず、少しでも批評に近い考察をした方が、長期的に見て、豊かにエンタメやフィクションと接することができるのではないでしょうか。

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