推理を外しても問題ない

「考察」が過熱して「説」が乱立すると「もうわからないから私はこの説で行きます!」と宣言するノリが生まれます。

私自身も、ミステリ系のドラマが最終回に近づくと「一応、犯人予想はこの人で行きます」と表明したりします。これ自体はミステリの醍醐味であり、とても楽しいものです。

クエスチョンマークと虫眼鏡
写真=iStock.com/whyframestudio
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特徴的なのは、その予想を各自が「信じている」ように表明することです。他の人は違うかもしれないし、実際のオチは違うかもしれないが、自分はこの犯人像を信じる、と言うように、「腹を括ってみせる」スタンスが珍しくありません。まるで馬券を買うように。