中華そば「日高屋」から中華食堂「日高屋」へ

神田はこの時期、埼玉のローカルチェーンとして展開してきた「来来軒」のメニューを選別、マニュアル化して、新業態の中華そば「日高屋」にどう移植するかという試行錯誤を繰り返していた。

「来来軒」はビールなどアルコール類がよく売れた。そのメニューをマニュアル化して中華そば「日高屋」に移し変えた。

こうして2003年(平成15年)10月、中華食堂「日高屋」の1号店・浦和常盤店を開店した。2002年(平成14年)6月に新宿に開店した中華そば「日高屋」が誕生してから1年4カ月後に、「来来軒」と「ラーメン館」を折衷・融合した【中華食堂「日高屋」】が誕生したのである。

「コスト戦略」の要の行田工場が稼働

中華食堂「日高屋」が生まれた翌年の2004年(平成16年)には、待望のセントラルキッチン「行田工場」(埼玉県行田市工業団地、3200坪)が仮オープンした。翌2005年(平成17年)2月から本格的に稼働した。

神田正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)
神田正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)

この行田工場は2013年(平成25年)には敷地面積が約2倍の6650坪に拡大、現在、麺ライン1日18万食、餃子1日53万個を生産している。食材調達、製造(加工・調理)、物流という3つの機能を一体化したハイブリッド工場である。600店舗体制に対応できる安全・高品質の最先端工場である。

行田工場の多くの食材は「ポーション化」(料理や食材を1人前ずつに切り分けること)されている。

例えば、カット野菜の「たっぷり野菜タンメン」(350グラム)は誰が調理しても料理の量や味が一定になるようにマニュアル化されている。餃子もポーション化されていて、店では全自動の餃子焼き機に載せれば、6分間ででき上がる仕組みである。

行田工場は麺・スープ・餃子・野菜など主要食材を集中製造、当日加工・当日配送の高速オペレーションで運営されている。大量生産・大量販売によって“コスト削減”を徹底している。

現在、行田工場は、熱烈中華食堂「日高屋」の「低価格+安定品質」のビジネスモデルを支える縁の下の力持ちになっている。

現在店舗の厨房はイタリアンファミリーレストランのサイゼリヤのように、包丁レスで、フレンド社員(パートやアルバイト)が調理を担当していることが多い。

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