勝手に報告書をあげ奉行の面子をつぶす
石田三成が、師匠である秀吉から人間関係の築き方や気くばりを、まったく学んでいなかったことがわかる挿話を紹介しましょう。
あるとき、城が暴風雨に見舞われました。三成は自分の役目ではないにもかかわらず、夜明けとともに城の内外を見て回り、台風による破損の程度を丁寧に調べ上げ、卯の刻(午前5時から7時までの2時間)には秀吉に報告書をあげていました。
本来の担当である普請奉行は、夜が明けてから準備を始め、朝食後に動き出したため、秀吉への報告は巳の刻(午前9時から11時までの2時間)になってしまいます。
遅れて普請奉行から報告を聞いた秀吉は、「すでに三成から報告書は来ておるぞ」といい、そのため奉行は面子をつぶされてしまいました。
奉行にしてみれば、自らは何一つ間違ったことはしていないのに、担当外の三成が勝手なスタンドプレーをしたことで、恥をかかされたわけですから、三成に対する怒り、恨みは半端なものではなかったと思います。
一方の三成は、奉行と競うつもりなどなく、気にかかって仕方がなかったので、つい検分したまでのこと。奉行の怒りを知っても、もし文句があるなら、自分よりも早く役目を果たせばいいだけのことではないか、と考えるのが三成でした。
他人の心情というものを、端から理解しようとしないのです。
自分とは異なる考え方を理解できない
また、三成は金銭感覚や仕事への姿勢においても、独特の価値観を持っていました。
「人に仕える者は、主君から与えられた俸禄(給金)を奉公に万全を期すため、全部使い切るべきである。使いすぎて借金をするのは愚人だが、使い残すのは盗人である」
これは三成が残した言葉です。
実際に三成は、近江佐和山(現・滋賀県彦根市)に19万石もの石高を与えられながら、実につつましい暮らしをしていました。
彼には贅沢への関心がなかったのですが、世の多くの人は、自分が稼いだお金で美味しいものを食べたり、いい暮らしをしたいと願うものです。その欲求があるからこそ頑張れる人もあり、主君に人生のすべてを捧げるために、彼らは生きているわけではありません。
仕事への達成感、やりがいを生きがいとする三成は、自分とは異なる考え方をする人が、この世の中にいることが理解できませんでした。
三成自身がどう振る舞うかは勝手ですが、他人にも自分と同様に、人生をまるごと主君に捧げろ、そこに生きがいを見い出せ、と迫るのは、いささか無理があったように思います。

