20代の若さで自己実現などできるわけがない

あなたの人生も、これからどんなふうに展開するかは誰にもわかりません。いまは「自分にはこれが向いている」「自分はこれをやりたい」といえるものがあったとしても、それ自体が次第に変わっていくでしょう。

そもそも20代前半ぐらいの年齢で、自分が人生の中で成し遂げたいことがわかっている人など、めったにいません。

スポーツ選手の場合は10代のときから「オリンピックで金メダルを取りたい」などの具体的な目標があるでしょうが、たとえそれを達成したとしても、人生は現役引退後も続きます。実現すべき「自己」は、そうやって常に変化していくわけです。

そう考えると、20代の若さで自己実現などできるわけがありませんし、それを目指す意味もありません。日本ではいつのころからか、親や学校の先生が子どもたちに「自分のやりたいことを見つけなさい」というようになりました。

教室で前に建つ先生と話を聞く生徒
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その影響で、人とは違う自分ならではの「やりたいこと」を持たない人生は物足りない――という価値観を植えつけられている人もいるでしょう。

でも僕は、「やりたいこと」なんて自分が死ぬまでわからないと思っています。もしかしたら死ぬ間際には、「いろいろあったけど、自分はまあまあ、やりたいことをやってきたな」と思えるかもしれません。

そうなったら、幸せな人生だったといえるでしょう。あれこれ試行錯誤した末に、結果的には「自己実現」ができたことになるような気もします。

縁あって入ったいまの場所に「適応」させる

ですから、就職して間もない段階で、自分の「やりたいこと」をやらせてもらえなかったとしても、まったく問題ありません。自分の適性に合う会社や仕事など、よほど運がよくなければ出合えないのです。

「自己実現」を追いかけて、自分の適性に合う場所を探し始めたら、たぶんキリがありません。どこに行っても、何かしら「自分」とのズレを感じることになります。

そうやって自分の「適性」に合う場所を求めてさまようより、たまたま縁あって入ったいまの場所に自分を「適応」させることを考えたほうがいいでしょう。

そこでの仕事を楽しいものにできるかどうかは「自分」次第ですし、仕事が楽しくなればそこが好きになっていくのではないでしょうか。

とはいえ、「いったん入った会社を辞めてはいけない」とはいいません。上司の性格が悪いとか、社風に馴染めないとか、自分がどう工夫しても仕事が楽しくならない職場というのはあるでしょう。

たとえ仕事のテーマや内容は自分の「やりたいこと」と一致していたとしても、そんな環境に人は適応できません。