30年前に書いた「野村ノート」の中身

――当時の吉井さんが、野村さんの話を真面目にノートに書き写している姿はなかなか想像できません。

【吉井】書いていましたよ(笑)。野村監督はミーティングで、ホワイトボードを使いながら、いろいろなことを教えてくれました。まるで学校の先生みたいでしたね。選手はそれを一生懸命ノートに書き写すのですが、当時の私は面倒くさくて、ふざけて全部カタカナで書いたりしていました。後で読み返すと、読みづらくて困りました。真面目に書いておけばよかったと後悔しています。

結構よいことが書いてあって、助けられたものがいくつもあります。「ピッチャーの心構えはこうあるべき」とか、「コントロールのないピッチャーはピッチャーとは言わない」とか、そんなことが書いてありましたが、たしかにそうだなと思います。当時は聞き流していたものが、あらためて読み返すと、その価値の大きさに気づかされました。

強い組織に「必ずあるもの」

――3年間、監督を務めてみて、チームを強くするために、もっとも大事なことは何だったと思われますか?

【吉井】「監督が代わってもチームがブレない」。それがもっとも大事なことではないでしょうか。

かつてはカリスマ性のある指揮官が、強烈なリーダーシップでチームを引っ張るのがよいとされていました。ですが、現代野球では監督のやるべきことが多岐にわたり、ひとりで遂行するには限界があります。そこで、システムを整備して組織づくりを進めていくことが必要になってきます。

編成も現場も、役割分担を明確にしてシステム化するのです。そのためには、たとえ監督が代わってもブレない軸が必要となります。「チームとして、筋を一本通しておく」というのは、そういう意味です。

――組織づくりの要諦に気づくことができたのは、今後のキャリアを考えるうえで大きかったですね。

【吉井】そうですね。本当は監督をやる前に、気づいて勉強できればよかったですが。そうすればもっと違った形で組織づくりの提案もできたはず。マネジメントの「マ」の字も知らずに監督になってしまいました。

ですが、課題も明確になったので、60歳にして「もっと学びたい」という意欲が湧いてきました。

現役時代に出会った多くの指導者の方々、日米での経験、指導者として選手と向き合ってきた日々。これらを自らの財産として、今後マネジメントが求められる場面で活かしていきたいと思います。

吉井理人さん
撮影=宇佐美雅浩
(インタビュー・構成=ライター・村尾信一)
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