やたらめったらほめても相手を伸ばせない
端的に言えば、正しい称賛、的確な称賛が人を伸ばすのです。やたらめったらほめたところで、ほめた相手が伸びるとは限りません。「的確にほめる」は練習していくと、だんだんその程度がわかってくるようになります。
さらに、「これではお世辞。歯の浮くような言葉にならないように、こう言おう」そういう判断もわかるようになります。その結果、こき下ろす、人を批判する、非難するというのがだんだんなくなってきます。
そうはいってももちろん、相手の悪いところは見えますが、それを指摘するよりは、その時間をほめることに使う方が有益ではないでしょうか。私は教育学者としてこれが教育の本質だなと思うことがあります。
10あったらそのうちの3つをほめればいい。
テニスのコーチをやっていた時に、
「もうちょっとラケットを引くのを早くして、足をこうしてね」
とアドバイスをしたのですが、言い出すとキリがありません。そこを直すと他がまた悪くなってしまうのです。人はできないことを言われてもわからないものです。だから、できている中でいいことを言えばわかるはずだと考えたのです。たとえば球相手が打った中で「いい!」と思うストロークを3つほど選んで伝えます。
そうすると、それがいいんだということがわかるのです。こうしてよいストロークの基準を共有することができました。
ほめることで目指すべき方向性を共有する
教えるよりもまずは基準の共有が先。
スポーツだけではありません。たとえば書道でも同じです。生徒の側に立つと、まず、先生にお手本を1枚書いてもらって、それを見ながら書きます。10枚書いたとしたら、そのうち3枚いいものを選んでもらう。3枚のうち1枚でもいいでしょう。「これがいい」と言ってもらうことが大事なのです。
その1枚と先生のお手本を横に置きながら書いていきます。3枚書いたらまた先生に3枚のうちからいい1枚を選んでもらう。それだけで必ずうまくなっていくはずです。
「これだ!」と我々が目指す方向を示すことです。
小学生の時に書道のコンクールがあり、力を入れて書いたつもりでしたが、残念なことに金賞を取ったのは私ではなくクラスメイトの女の子でした。彼女の書を見た時に先生が「この字には勢いがある!」と言ったのです。
よく見てみたところ、筆のかすれがあって、一気に書かれた勢いがあります。確かに……と思いました。私は字を整えることにばかり気を使っていたのです。だから、どの部分も墨の濃さが一緒。勢いよく運筆しているところはかすれが出るものなのです。それが彼女の字にはあったのです。私たちはそれを共有しました。ただ、今度はみんな勢いがあるということになってしまいましたが……。
