質問が上手い人、下手な人の違いは何か。ジャーナリストの大野和基さんは「『質問』というのは、ただ自分の疑問をぶつければいいというものではなく、大事な獲物を得るための“武器”にほかならない。質問からノイズをできる限り排除し、その純度を上げなければ、狙った獲物を捕らえることなど到底不可能だ」という――。
※本稿は、大野和基『世界基準の「質問力」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
フジテレビ・中居正広問題での3分の質問
絶対に避けなくてはいけない、
質問の“イソコ化”
質問の“イソコ化”
“日本人の質問力”を端的に示す格好のサンプルとなったのが、2025年1月27日に開かれた、フジテレビ・中居正広問題の記者会見だろう。
たとえば、その場に参加していた東京新聞の望月衣塑子記者は、事件の概要を最初に聞いた際にどう感じたのかについて、壇上にいた港浩一社長らに問いただした。
これだけなら、ごくごく普通の質問行為だが、ここで重要なのは、彼女が問いただした内容ではない。本題に至るまでに3分も話し続けていたことなのだ。
途中、被害者女性のAさんの気持ちを勝手に推測し「彼女の気持ちは揺れ動いていた」と断言したり、その前の1月に開かれていたフジテレビ労組の記者会見で、組合員のひとりが涙ながらに日枝久相談役の退任を訴えていたシーンに「びっくりした」と感想を述べたりと、質問に至るまで織り交ぜた自身の意見は、ひとつやふたつではない。
しかも、こうした3分にも及ぶ“演説”の締めで述べた質問も、実はすでに途中で発言したものだったのである。
このように、寄り道、行ったり来たりを繰り返した挙句、ようやく飛び出した質問を聞いた登壇者たちは、それに即座に答えられず、しばらく相談をしていた。
おそらく、その場にいたほかの記者たちも、観ている視聴者も、事件のことより、「この人は一体何を聞きたかったんやろか?」というほうに意識が向いてしまったはずだ。
現に、会見後のSNSでは、望月記者の質問に対し「うるさい」「長い」「ヤバい」というコメントが飛び交っていたのである。

