多忙な相手に許される質問の数は数問

少ない時間で、聞きたいことが限られている場合、どうしてもそれらをできるだけ詰め込んでしまいたくなる。だが、聞かれるほうからすると、最後の質問のときには間違いなく最初の質問を忘れてしまっている。

無論、一度にいくつもの問いを投げかけられたら、たとえ内容を覚えていたとしても、全部の質問にしっかりと答えることなどできない。

前項で見たのと同じように、実はこれも“イソコ化”の一種だ。

3分に及ぶ望月記者の質問が終わったあと、フジテレビの首脳陣は顔を見合わせていた。そして、しばらく相談してから、ようやく答えに移ったのである。

もちろん、質問の長さとともに、数珠つなぎで繰りだされた問いのうち、どれが重要で、どのように答えるべきかが、なかなかわからなかったからであろう。

このときの記者会見は時間無制限だったため、これでもどうにか議事を進めることができた。だが、こんな条件は、世界レベルの質疑の場はもとより、普段の会議やセミナーなどにおいても、まずあり得ない。

とりわけ分刻みのスケジュールで動いている相手に対し、許される質問の数は数問の場合も多い。こうしたときに数珠つなぎ質問をしてしまうと、大事な“二の矢”“三の矢”を放つ時間は間違いなくなくなってしまう。

時計と大勢の人々
写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi
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しかも、数珠つなぎの質問の場合、“数珠”として連なるのは得てして補足的な質問ばかり。相手がそちらに気を取られてしまうと、本筋ではなく些末な質問によるお粗末な答えしか得られずに終わってしまう危険性大なのだ。

だからこそ、ここでも大事なのは、“イソコ化”を避ける意識となる。事前に質問に優先順位をつけておき、かつ論理的に本丸に斬り込めるよう順番を考える。そうすると、必然的に余計なことを言わずに済む。

たったひとつの質問で事足りた

たとえば、先のフジテレビ記者会見で、望月記者から数珠つなぎ的に発せられた質問と意見のミックスのひとつに、日枝相談役に関するものがあった。まず、日枝氏が会見の場にいないことについて、怒りに震えながら次のように指弾した。

「日枝さんがいないこと。ちゃんちゃらおかしいと思っております!」

さらに、余計なお世話かどうかはさておき、フジテレビ社員の想いを次のように代弁し、日枝氏の責任を追及した。

「私が取材をしている限り、フジテレビの多くの人は会社が変わるべきだと思っております。そのためにも、日枝さんが最終的に責任を取るべきです」

ここで望月記者が述べた、

①日枝氏が記者会見に出席していない
②フジテレビの社員は会社が変わるべきだと思っている
③日枝相談役が最終責任を取るべき

という論点は、テレビでは彼女の話す勢いなどにより、つながりがあるように聞こえたかもしれないが、改めて、このように順序立てて見直してみればわかるように、実はまったくリンクしていない。

この①~③が怒り、疑問のスタート地点だったならば、「日枝氏がいないのはなぜか、その理由を説明すべきではないか」という、たったひとつの質問で事足りたはずだ。