1995年4月、山梨県中央児童相談所はオウム真理教の教団施設から信者の子どもたち53人を一時保護した。異様な環境で育った子どもたちと児相職員はどう向き合ったのか。NHK「クローズアップ現代」取材班の著書『オウム真理教の子どもたち 知られざる30年』(集英社インターナショナル)より、その様子をレポートしよう――。
オウム真理教の子供の絵 伸び伸びとした印象
写真=共同通信社
信者の子供がかいたにこやかな表情の麻原代表の絵。親しみを持っていることが感じられる(カラーネガ、1995年5月6日)(※オンライン記事にのみ掲載している画像です)

食事は手づかみ、歯磨きも洗面もしない

保護から2週間程度は、騒然とした日々が続いた。外には信者やマスコミが詰めかけ、警察官がものものしく警備にあたっていた。

この間、警察による子どもたちへの事情聴取が優先して行われている。子どもたちはその合間に、ビデオを観たり、ボール遊びをしたり、思い思いに遊んでいた。

ただ、食事は手づかみ、歯磨きや洗面はせず、おもちゃは出しっぱなし。判定課長だった保坂三雄さんは「まるで野生児のようだった」と、保護直後の様子を振り返る。日誌には、子どもたちの行動が次のように記されている。

・4月15日
子供達の散らかしたり汚したりは、そうとうなものである。〈中略〉おもちゃを次から次へと出しては遊び、片付けることはせずちらかし放題である。汚れを全く気にしない子供がほとんどである。(原文ママ、以下同)

事実上、しつけをする大人がいない環境で育った子どもたち。歯磨きや手洗い、洗面など、児相の職員は少しずつ、生活のルールを身につけさせようと試みた。

例えば4月19日、朝食の後に整列して朝礼、ラジオ体操を行うことにした。しかし、子どもたちは簡単に言うことを聞いてくれない。外に並ぶよう呼びかけても、無視して遊び、体操は頑なにしようとしなかった。