裸や棒人間しか描けない心理状態
木の絵についても、紙の隅っこに小さく描いたり、はっきりと描けなかったりする子が多く、社会的・心理的に未熟であると解釈された。教団の外で生活したことがなく、また、絵を描くという経験が不足しているためだとも推測された。
一方で、一時保護所での生活を経たことで、大きくはっきりと描けるようになった子もおり、抑圧していた自我を回復する過程が見て取れるという。
人物画は、現実の自己像を反映するとされる。子どもたちが描いた人物画は、裸の人や棒状の人が多く、自我機能が低下している可能性がある。また、足を描けなかったり、腕を後ろに隠したりしている人の絵を描いた子は、現実との関わりに引っ込み思案になっていると解釈された。
オウムによって、心にさまざまな影響を受けた子どもたち。保坂さんたち児相職員は温かく見守ることしかできなかった。それでも一時保護所での生活を続けるうちに、子どもたちは少しずつ変わっていった。
勝てなかった“綿菓子の甘い誘惑”
5月5日、こどもの日。一時保護所では、職員が出店をつくって、綿菓子づくり、金魚すくい、ホットケーキづくりなどのイベントが開かれた。
年少児はすぐに楽しい行事にはしゃいだが、年長児は冷ややかにそれを見ていた。しかし、甘い香りの誘惑に勝てなくなったのか、午後にはついに綿菓子を口にした。子どもたちの中には、20本も綿菓子を食べた子もいたと記録されている。
現実の楽しさを前にして、オウムの教えを守ることは難しくなっていた。日誌には「全体的に以前よりも職員に関わるようになったと感じられる」「年長児も自然に話に加わってくる場合がある」とあり、職員に対して頑なだった子どもたちが徐々に、児相での生活に心を開いてきた様子がうかがえる。
保坂さんもこの日のことを「流れが変わった」と記憶している。しかし同時に、完全にオウムを断ち切るのはまだ先だとも感じた。子どもたちに「おいしかったか」と尋ねても、みな一様に「わからない」と答えたのだ。
「現世の楽しいこと、おいしいということを知ってしまうと、死んでから苦しむ。地獄に堕ちると言うんです。非常に恐怖を持ってオウムの教義が教え込まれていたのだと思います」
それでも、この日を境に、子どもたちの生活には、落ち着きがみられるようになった。
大分表情や態度が柔らかくなってきている。笑い声も大きく、職員に甘える年長児もいる。職員から話し掛けるよりも児童からの話し掛けが多く、口調も乱暴な言葉使いではあってもとげとげしさはない。今まであまりしゃべらなかった年長児も学校の話をしたりと徐々に気持ちを開いてきている様子。
この頃から、女子は食事の配膳を手伝うようになり、決められた時間に就寝できるようになった。ボール遊びや砂遊びなどで職員と交流するなかで、一時保護所には、4月のときにはなかった「和やかな雰囲気」が漂うようになっていた。


