34歳公務員が特殊詐欺に加担
年の瀬が迫った二〇二三年十二月のことだった。
ミャンマーの最大都市ヤンゴンに住む長年の友人から通信アプリ、Signalで電話が掛かってきた。普段はテキストだけのやりとりなので、珍しいな、と思った。
彼は興奮した様子で「死んだのではないか、と思っていた姪が、(北東部シャン州コーカン自治区の中心都市)ラウカイから帰ってきました。彼女は中国マフィアが運営する特殊詐欺の拠点で働いていたそうです。話を聞いてみませんか」と打診してきた。
ラウカイも中央の統治が行き届かず、特殊詐欺の拠点となっている場所の一つだった。後述するが、中国と国境を接するシャン州では二〇二三年十月二十七日、「三兄弟同盟」を名乗る三つの少数民族武装勢力と国軍との間で激しい戦闘が勃発した。そのきっかけが特殊詐欺だったことから、二つ返事でインタビューをお願いした。
タイ国境のミャンマー東部カイン州で国軍傘下だったカレン族の武装勢力「国境警備隊(BGF)」が中国系犯罪組織と結託して特殊詐欺に手を染めていることについては第一章で詳述した。シャン州での特殊詐欺も手口はほぼ同じである。
友人の姪は連邦選挙管理委員会で働いていた元公務員で、取材当時三十四歳。二〇二一年二月のクーデター後、職務をボイコットする「市民不服従運動(CDM)」に加わった。最初は「軍も国民の反発に折れ、すぐに民主主義国家に戻るだろう」と楽観視していたが、時は容赦なく過ぎていく。収入が途絶え、気持ちもふさぎ込む日が増えた。
きっかけはFacebookの求人
ある日、フェイスブックを眺めていると、「英語でのデジタル・マーケティング」という求人が目に入った。
「英語で商品の販売促進をする仕事かな」
そう考えて応募した。英語の面接にパスし、ヤンゴンのオフィスビルの一室で一週間の「研修」を受けた。研修の講師はミャンマー人だったが、上司とみられる中国人の男がいた。ビルマ語は全く話せず、監視しているような雰囲気だったという。
研修を通じ、これから自分のやる仕事が特殊詐欺だと分かった。月給は「最低でも百万チャット(約三万七千五百円)だ」と告げられた。人を騙す仕事に逡巡したものの、生活していくため詐欺グループに加わることを決めた。
「特殊詐欺をしなければいけないというのは母親に相談しました。CDMに一年以上加わったため収入がなくなり、背に腹は代えられませんでした。言い訳をすれば、私たちの役割は(詐欺の対象となる)人を探すだけで、実際に騙す行為は中国人がやると聞かされていたので、犯罪に加担しているという感覚は薄かったんです」
国軍に抵抗するため職務をボイコットした公務員が食いっぱぐれ、特殊詐欺に手を染めなければいけない状況は皮肉だ。
二〇二二年十一月、彼女は陸路で中国と国境を接するラウカイへ向かった。

