スマホ没収、外出禁止、ノルマ未達成は暴力
「職場」はラウカイのホテルだった。
看板は中国語で書かれており、女性には読めなかった。食堂や診療所、カジノなどを備え、出入り口では自動小銃を手にした「ピトゥシット」と呼ばれる親軍派の民兵が警備に当たっていた。借金の形に売られてきた中国人が逃げるのを阻止するのが役目だと聞かされた。外出は原則禁じられていたが、ミャンマー人は民兵と仲良くなれば、こっそりと出ることができたという。
「ホテル内には特殊詐欺の『会社』(グループ)が二十ぐらい入っていました。証券取引所のようにパソコンが並ぶ二つのホールでは、二百~三百人ほどの若者が二十四時間体制で働いていました。中国人が過半数で、英語ができるミャンマー人が三割ほど。それ以外にベトナム人やラオス人がいました。中国人は人身売買の被害者もいれば、お金目当てに自分の意思でやってきた人もいました。自らの意思で来た人たちはIT技術に長け、ネットワーク作りが上手でした」
詐欺拠点では「中国マフィアの中堅幹部しか見なかった」という。首魁は中国におり、現場にオンラインで指示を出すだけだ、と聞いた。月に二度ほど、詐欺師から賭博客まで全員を外に出し、携帯電話やパソコンなどの所有物を余さず点検する「サプライズ・チェック」があり、拠点内の写真などは撮れなかった。
詐欺は主に偽の仮想通貨への投資を持ちかける手口だった。各グループにはノルマが課せられ、達成できない場合は殴られるなどの「罰」を受けた。ただ、罰を受けるのは専ら中国人で、ミャンマー人への暴力はほとんどなかったという。
「元気?」に返信したら標的に
女性はパソコンや二十台近いスマートフォンを渡され、米ニューヨークに住む架空の中国人女性を演じさせられた。ターゲットは、「米国や英国など英語圏に住む三十~六十五歳の男性」。パソコン上で与えられたソフトウェアを展開すると、ターゲットのリストが表示され、その中から年齢などでさらに絞り込んでいった。
詐欺師たちはターゲットが住む国の生活時間に合わせて寝起きする。女性は時差が大きい欧米諸国を割り当てられたため、昼夜逆転の生活が続いた。詐欺拠点の食事は豚肉を使った料理が多く、夜中の仕事はストレスが溜まるため「倍ぐらい太った」という。
女性は二十台のスマートフォンを駆使し、WhatsAppなどさまざまな通信アプリで手当たり次第にメッセージを送った。
「ジョン、元気?」
「僕はジョンじゃないよ」
「ごめんなさい。間違えて送っちゃったみたい。返信ありがとう」
二百~三百人にメッセージを送ると、四、五人から返信があった。詐欺グループが用意した英語の「台本」通りにやりとりを重ねて親しくなり、名前や年齢、家族構成、趣味、職業などを聞き出すのが、彼女たち「情報係」の役目だった。組織内では「Hot Chat」や「Happy Chat」と呼んでいた。

