2月8日に投開票された衆議院選挙で、中道改革連合が議席数を大幅に減らし大敗した。ノンフィクションライターの石戸諭さんは「中道改革連合が敗北したのは、高市早苗首相の人気に圧倒されたからだけではない。中道が惨敗した理由は三つある。政権担当能力を有権者に訴えられる政党にならなければ、勝機は見いだせない」という――。
当確者の名前にバラを付ける自民党総裁の高市早苗首相=2026年2月8日、東京・永田町の党本部
写真提供=共同通信社
当確者の名前にバラを付ける自民党総裁の高市早苗首相=2026年2月8日、東京・永田町の党本部

中道が惨敗した「3つの理由」

歴史的大惨敗である。旧立憲民主党と公明党が組んだ「中道改革連合」は公示前167議席を大きく減らし、わずか49議席に沈んだ。共同代表を務めた野田佳彦氏は「時代遅れ感あるコンビだったかも」「万死に値する」と漏らし、同じく共同代表の斎藤鉄夫氏ともども辞任したが、その責任はきわめて重い。

これは単なる中道の敗北ではない。国会に緊張感を失わせ、自民党では実現可能性が低く――そして少なくない有権者が望んでいる――リベラルな社会政策を実現する野党がまた遠のいたことを意味する。しかし、敗北もまた希望だろう。彼らの敗北理由はそのまま、次世代のリベラル野党の目指す方向性を指し示すのだから。

あらかじめ私なりに敗北の理由を示しておこう。第一に目玉政策の欠如、第二にノスタルジックな平和主義を訴え、第三に批判ばかり(と受け止められる)ダブルスタンダード(ダブスタ)体質である。

ファクトから整理しておくと衆院選の比例で自民党の比例票は約2100万票であり、得票率は約37%と決して高い数字ではない。中道も野党第1党で1040万票を超えている。

昨夏の参院選で立憲はおよそ740万票、公明は520万票だが、自民から公明に流れた比例票を考えれば結党の効果はあるにはあったと見ることもできる。だが、ジリ貧の党勢で単独で戦うのと比べてという話であり、野田氏が目標に掲げた「比較第一党」にもおよそ不十分すぎる。

創価学会員に中道結党後の選挙運動について取材した記事によれば、公明の支持母体である創価学会では従来のような選挙戦にはなっていなかったし、旧立憲のなかに一定の忌避層もいたのだろう。

そうした個別事情は追って検証されてほしいが、いずれにせよ小選挙区で自民党候補には遠く及ばなかったという現実を受け止める他ないだろう。その上で検証に入りたい。