米国は優位性を利用した「利益搾取者」となった
ドナルド・トランプ大統領が掲げる「相互」関税という言葉ほど、実態を覆い隠し、経済学の常識を逆なでする表現もないだろう。名称こそ「相互」と謳われてはいるが、その実態は米国が圧倒的な覇権を背景に、一方的に自らのルールを同盟国にすら押しつける身勝手な利益収奪の仕組みにすぎない。
米国は経常収支の赤字を理由に「我々は不当に扱われている」と主張し、関税導入を正当化する。しかし、経済学者ウィレム・バウター氏が理論化したように、経常収支の不均衡とは、その国の国民が「お金をいますぐに使うか、将来のために貯めておくか」という時間選好の違いが生む自然な姿である。消費を優先する米国が、貯蓄を重視する日本やアジアから資金を借り入れるのは極めて合理的な経済行動であり、赤字を理由に相手国を責め立てるトランプ氏の主張は、経済理論を無視した政治的パフォーマンスにすぎない。
2025年を通じて展開された日米関税交渉の結果は、まさにこの独善を象徴している。合意内容によれば、米国が日本車への輸入関税を形式上15%に引き下げる代わりに、日本側は最大5500億ドル、日本円にして約80兆円という巨額投資を米国に行うこととなった。日本の名目GDPの1割以上に相当するこの天文学的な資本移転は、まさに江戸時代の大名が「参勤交代」によって江戸で財力を削がれ、謀反の力を奪われた構図そのものである。
しかも、この合意には不誠実な「数字のトリック」が隠されていた。当初「関税率を15%に下げる」と説明されながら、実際の大統領令案には「従来の関税に15%を上乗せする」という解釈が持ち込まれたのである。日本側の認識では関税は15%になるはずだったが、米国の実装案では基本税率に15%が加算され、特にトラック等の実効税率は40%に跳ね上がるという壊滅的な内容であった。
25年8月下旬、赤沢亮正経済再生担当大臣(当時)がワシントン訪問を直前でキャンセルしたのは、この米国の不透明さと不誠実さに対する正当な抗議であったといえる。
かつて米国は世界経済の安定という公共財を提供する「保険提供者」であったが、経済学者アダム・ポーゼン氏が指摘するように、いまや自らの優位性を利用して利益をむさぼる「利益搾取者」へと変貌してしまったのである。市場もこの強硬姿勢に冷ややかであり、米国債の利回り上昇やドルの信認低下といった形で警告を発している。
なぜインフレ警戒派へ私は立場を転じたか
こうした米国の「いじめっ子」的な姿勢に対し、25年10月に誕生したばかりの高市早苗政権はどう立ち向かうべきなのか。日本初の女性首相となった高市氏は、アベノミクスの継承者を自任し、物価高対策を重視しているが、対米交渉においては安易に屈服せず「簡単には妥協しない」という強い姿勢を保つ根比べが求められる。
ここで、私自身の立場についても明確にしておきたい。かつてアベノミクスの理論的支柱として「リフレ派」の急先鋒に立っていた私が、いま、明確にインフレ警戒派へと立場を転じ、金融引き締めを支持していることに驚く読者も多いだろう。しかし、イギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズはかつて「事情が変われば私は意見を変えます。あなたはどうなさいますか」という言葉を残した。
経済は常に流動的であり、25年末という現在の状況に照らせば、適切な政策判断を更新することこそが知的な誠実さの証しである。アベノミクス初期の日本は深刻な「需要不足」にあり、約500万人の雇用を生むための大規模緩和は正解であった。しかし現在の日本は、有効求人倍率が1.3倍を超えて推移し、労働供給がボトルネックとなる「供給制約」のフェーズへと完全に移行している。25年11月の全国消費者物価指数(コアCPI)は前年同月比+3.0%を記録し、44カ月連続で目標の2%を上回っているのが現実である。
現在のインフレの主因は、ほかでもない「過度な円安」である。慶應義塾大学の野村浩二教授が考案した価格水準指数(PLI)によれば、日米の生産コストを均等化させる適正な為替レートは1ドル=97円程度である。これに対し、現状の1ドル=150円台のレートは、日本国民の富が不当に安く叩き売られる「ファイアセール(投げ売り)」の状態にほかならない。
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