相手国の動きで自国の最善策は変わる

人間は、本質的に「社会的動物」である。古来、思想家たちが指摘してきたように、人間は一人では生きられない。私たちは集団の中で生き、他者と協力し合うことで初めて文明を築くことができる。しかし、同時に存在する「人間同士の競争」や「国家間の競争」が、個人の努力や独創的な工夫を引き出し、知恵を結集させ、社会全体の生産力向上を導いてきたことも否定できない。

この「協力」と「競争」を数理的なモデルとして定式化し、科学的な分析の対象とすることはできないかと考えたのが、ハンガリーから米国プリンストン大学に移った稀代の天才、ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンステルンだ。その後、同じくプリンストン大学のジョン・ナッシュは、心の病と闘いながら、この「ゲーム理論」を非協力的な状況下での意思決定分析へと昇華させた。

私自身の学問的関心も、ゲーム理論が示す「各国の経済政策の相互依存性」に置かれてきた。国家が自国の利益を最大化しようと政策を打つとき、常に「相手の出方」を想定したゲームを行っていると考えられないかということだ。かつてロンドン大学のハリー・ジョンソンが、私の研究を評して「君の経済学は、チェスでこちらのナイトがこう動けば、相手のクイーンがどう動くかを解き明かす経済学だね」と言ってくれたとおりである。

私はゲーム理論の応用を、室内遊戯の分析から離れて、国際貿易や国際金融という現実世界に応用したいと考えてきた。特に国際金融の分野では、かつての金本位制や固定相場制度下の場合、一国の金融拡張政策は、相手国の金利や需要を通じて相手国の雇用を拡大させる側面があった。しかし、変動相場制度下では、一国の貨幣拡張による自国通貨安が、他国の輸出を阻害し、相手国の雇用縮小を招く部分があり、そこに注目したかった。

各国の政策担当者が、「相手がどう行動するかに依存して自国の最善策が変わる」というゲームの構造を理解しなければ、何億もの人々の生活に直結する問題が起きるからだ。

現在、ドナルド・トランプ米大統領が国内の民主主義的な手続きや国際的なルールを次々と軽視していく様を観察するのは、苦痛ですらある。米国政府が強力に推し進めている「相互関税」政策もその一つだ。「相互」という響きこそ対等に聞こえるが、その実態は、相手国の関税率が自国より高いと頭ごなしに決めつけ、独善的に関税を引き上げる「一方的かつ強権的な措置」である。

国・地域別の相互関税率の表を掲げるトランプ米大統領。
国・地域別の相互関税率の表を掲げるトランプ米大統領。

そこで、ゲーム理論の基本概念がこの国際紛争にどのような知恵を与えるのか示してみよう。もちろん、人間社会の協力と競争は極めて複雑だ。学者がどれほど頭を絞っても、導き出せる解には限界がある。中国の古典『孫子』を読んだだけで直ちに兵法を理解し、戦勝を約束してくれるものではないように、ゲーム理論もまた「必勝法」を自動的に与えてくれるわけではない。しかし、ゲーム理論は、協力と競争の結果が各プレーヤーの動機や誘因にどのように依存しているかについて、有意義なヒントを与えてくれる。

トランプ相互関税で世界が破綻へ向かう理由

さて、現在の「相互関税」をめぐる各国の対立を、ゲーム理論の枠組みで整理してみよう。まず、第1の要素は「プレーヤー(主体)」である。現在のゲームでは、関税の仕掛け人である世界覇権国の米国と、それに対抗する貿易相手国――同盟国である日本や、覇権を争う中国など――が存在する。現実の定式化は多国間ゲームとなるべきだが、数理モデルの泣きどころとして、明確な結論を得るために、「米国と日本」の二国間分析を主軸に置いて考える。

第2の要素は、プレーヤーが取るべき「戦略(手段)」である。ここでは「関税率」が手段となる。簡単にするために、米国と日本はそれぞれ「高関税(保護主義)」か「低関税(自由貿易)」かを選択できるものとする。両国が共に低関税を選べば、貿易は拡大し、両国は最大の利益を享受できる。トランプ大統領が関税戦争を本格化させる前、世界はこの均衡に近い状態にあった。

第3の要素は、戦略の組み合わせによる「利得(ペイオフ)」の変化だ。ゲーム理論の重要な点は、「自国の利益は自国の決定だけでは決まらず、相手の戦略に依存する」ということである。現在の米国の「アメリカ・ファースト」戦略に基づき、各国が直面している状況を数字に置き換えると、それは典型的な「囚人のジレンマ」の形を取る。

(写真=時事通信フォト)

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