駅前商店街がさびれ、ショッピングモールが繁栄

ところが自動車の発明と普及は、労働者の住環境を一変させることになる。

これはアメリカで顕著だったが、T型フォードという安価な自動車が普及すると、多くの労働者が自動車を所有するようになった。これによって「郊外で生活し、自動車で都市の工場に通う」というライフスタイルが実現したのである。

人口が集中しすぎて過密になり住環境が悪化し、さらには住宅価格も高騰していた都市部を離れて、労働者は逃れるように郊外に住むようになった。郊外は自然が多く、住宅も安価で、労働者でも快適な住環境と広い住宅を手に入れられるようになったのである。

自動車による郊外生活が普及すると、買い物もクルマで行くようになる。日本でもそうだが、駐車場を整備していない鉄道駅前の商店街はさびれ、駐車場を完備し国道沿いに建てられた巨大ショッピングモールが街の中心になっていく。家族や友人と連れだってショッピングモールに遊びに行くことが、郊外生活の楽しみになった。

ショッピングモールは買い物ができるだけでなく、映画館やフードコート、カフェ、遊戯施設までもが併設され、一日じゅう滞在しても飽きない。20世紀後半に進化した郊外生活は、巨大なショッピングモールに人々の暮らしのあらゆる面が包摂されるかたちへと変化していった。

写真=iStock.com/DKart
※写真はイメージです

クルマは日々の暮らしを一新した

自動車は郊外生活を生み出しただけではない。それまでは存在しなかった高速道路という新しい道路が整備され、自力で遠くに旅行に行けるようになった。さらには高速道路上にサービスエリアという施設が設置されるようになり、サービスエリアにも巨大なショッピングモールが進出し、ショッピングモールからショッピングモールへとホップしながら転々と移動していくようなスタイルが生まれてきた。

佐々木俊尚・小野美由紀『ビッグテックはなぜSF作家をコンサルにするのか』(徳間書店)

馬の代わりになるぐらいのものだろうと思われていた自動車が、20世紀から21世紀にかけての未来に日々の暮らしを完全に一新させてしまったのである。これらの変化を、19世紀の人はほとんど想像もできなかっただろう。「馬車が自動車になり、速くなった」という技術の進化は予測できるが、自動車がいったいどのような変化を社会にもたらすのかを予測するのは、これほどまでに難しいということなのだ。

イノベーションという言葉がある。日本では「技術革新」と訳されてきたので、技術が進化することをイノベーションだと誤解されがちである。しかしイノベーションは、単なる技術革新ではない。

イノベーションの本来の意味は「技術の進化によって新たな価値が生み出され、社会に大きな変化がもたらされること」なのである。われわれは技術の進化は予測できても、それがどのようなイノベーションになるのかを予測するのは困難なのだ。

関連記事
だからTSMCも日本にどんどん投資している…日本の半導体業界悲願の「シェア世界一奪還」を可能にする超技術
日本のおかげでエヌビディアは世界一の企業になった…創業2年目の倒産危機を救ったゲーム会社の粋な計らい
豊田章男氏の「EVへの懸念」が現実のものに…世界中で「EVシフト」を見直す大手メーカーが相次いでいる理由
もはやライバルはトヨタのシエンタではなくノアヴォク…ホンダの新型フリードに乗ってわかった驚くべき変化
これだけは絶対にやってはいけない…稲盛和夫氏が断言した「成功しない人」に共通するたった1つのこと