SF作家と「未来の戦争」を真剣に話し合う

この取り組みでは、未来の戦争についてNATOとサイフューチャーのスタッフがブレインストーミングしながらアイデアを出しあった。それをもとにSF作家や専門家のチームが未来の戦闘のシナリオを想像して、10以上のアイデアを成果物として制作。これをもとにワークショップを行い、NATOの高官数十人とのあいだでさまざまな議論を行ったという。

制作されたアイデアには、たとえばサイバー空間で戦う少年兵の物語があった。ウルグアイの12歳の少女が、それが現実につながっているとは知らずにオンラインゲームでターゲットを破壊する。1985年のSF作品『エンダーのゲーム』を思い起こす話である。

別のアイデアでは、中国人民解放軍の「恐怖大隊」という部隊が想像された。恐怖大隊の兵士たちは遺伝子操作をされており、彼らのフェロモンを嗅いだ敵兵士は激しい恐怖心を誘発されるのだという。

スマート銃が敵によってハッキングされ、民間人の虐殺を引き起こしそうになるというアイデアもあった。

これらのストーリーの終わりには質問も用意されており、この質問に答えるところから活発なディスカッションを誘発するという仕掛けも盛り込まれたという。

9.11は軍事専門家には「想像だにしない出来事」だった

2010年代後半に入ると、サイフューチャー社にとどまらず欧米各国でSFプロトタイピングへの関心が広く高まってくる。フランスでは、国軍が独自に複数のSF作家と契約し、未来の戦争を想像するという試みも行っている。

これを報じたイギリスのザ・テレグラフの記事「未来の脅威を想像するためフランス軍がSF作家による『レッドチーム』を結成」(2019年7月19日)によると、このレッドチームの目的は、仮想敵国やテロリストのグループがどのような新しいテクノロジーを使って攻撃を仕掛けてくるのかを予測することだという。

同様のSFプロトタイピング的な試みは、米軍でもかなり以前から行われているという話もある。きっかけは2001年9月11日の同時多発テロで、国防総省でのブレインストーミングにSF作家が同席するようになったとされている。

なぜ同時多発テロの後だったのだろうか。従来の軍事的な常識では、「民間の航空機をハイジャックして世界貿易センタービルや国防総省に突っ込ませる」というような突飛な攻撃は、軍事の専門家では想像すらできなかったからだという。20世紀の戦争は国と国の軍が戦う正規戦争だったが、同時多発テロは「テロリストが戦争行為を他国に仕掛ける」という新たな戦争をつくりだした。その後「非対称戦争」と呼ばれるようになったこの種の戦争は、20世紀的な常識にはまったく当てはまらないものだったのだ。

なるほど、と思わせる話だが、実はこの「専門家でも想像すらできなかった」というポイントが、SFプロトタイピングが求められている大きな背景になっている。

21世紀はじめの非対称戦争を専門家でさえも予測できなかったように、現代のテクノロジーが進化した数十年後に何が起きるのかを予測するのは、現代の専門家には難しい。そこにSFプロトタイピングが求められる理由があるのだ。