文学は社会に影響を与える
これがサイフューチャー社として具現化した。同社は注目を集め、すぐに100人以上ものSF作家と契約し、クライアントの求めに応じたオーダーメイドの作品を書いてもらうようになった。
この契約作家の中には、世界中で大ヒットし映画化もされているSFの傑作『三体』の著者・劉慈欣も含まれているというから驚かされる。ニューヨーカー誌の「SFでより良いビジネスを」(2017年7月30日掲載)という記事で、劉はサイフューチャーに参画した理由を聞かれてこう答えている。
「フリーランスの仕事としては、たいした報酬ではありません。しかしテクノロジーの進歩に関与し影響を与えられるチャンスを持てるのです。少なくとも、どういう製品に開発投資を行うのかを実際に決定するエグゼクティブたちに、自分の書いた作品が読まれるんですよ」
SFに限らず、文学は社会に影響を与えることができる。しかし文学がテクノロジーやビジネスをダイレクトに生み出すわけではない。そこを橋渡しし、テクノロジー開発の最前線で戦っている企業に自分の作品を直接届けられるというビジョンは、劉のような世界的に著名なSF作家にも魅力的に映ったということなのだろう。
携帯電話もタブレット端末も「映画の中のおとぎ話」だった
同じように、SFプロトタイピングは米国の多くの企業に刺さった。クレジットカードのVISAやペプシコ、フォードなどの名だたる大企業がサイフューチャーの顧客として名を連ねるようになったのである。どの企業も、未来のビジネスがどうなっていくのかを考えあぐねているのだ。
驚くことに、同社の顧客にはNATO(北大西洋条約機構)まで含まれている。テック系メディアのCNETの記事「SFの未来をイメージする」(2018年3月9日掲載)によると、サイフューチャーに依頼したNATOの軍事ストラテジスト、マーク・トーチャー氏はSFプロトタイピングの意義についてこう答えている。
「SFが現実のデザインに影響を与えたケースを見つけるのは難しくない。たとえば『スタートレック』シリーズを見ればいい。スタートレックの中ではSFでしかなかった折りたたみ式の携帯電話やタブレットは、その後に現実の製品になっている」