中国とはどんな国なのか。著者である紀実作家の安田峰俊さんは「日本には古典中国を現代的な学問手法で研究する『中国学(シナ学)』の伝統が戦前から存在する。ただ、シナ学的な知見からの現代中国の分析は、戦争に利用されたことでながらくタブー視されてきた。ただ、こうした知識は中国との外交やビジネスを成功させるためにも欠かせないものだ」という。ライターの西谷格さんが聞いた――。(後編/全2回)
儒教の古典である「四書」(『論語』『大学』『中庸』『孟子』)を解説した『四書解義』
儒教の経典である「四書」(『論語』『大学』『中庸』『孟子』)を解説した『四書解義』(画像=寺人孟子/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

「漢文不要論」こそ不要である

――中国社会では、日本人が思っている以上に歴史や古典といった教養が重んじられるようですね。

一定以上の知識レベルの人は、会話の途中にしばしば「中国にはこういう言い回しがある」と言って古事成語や古典、歴史の知識を持ち出してきたりします。日本も昭和の頃まではそうでしたが、政治家でも経営者でも、リーダーたる者は十分な教養を備えるべきという教養主義が中国ではなお健在です。

いっぽうで日本ですが、本来日本には近代以前からの漢学の蓄積があり、中国の歴史や文化に関する知識は、もともとは世界のなかでトップクラスです。韓国やベトナムも漢字文化圏ですが、現在は漢字を使っていない。欧米については、『フォーリン・アフェアーズ』などを読んでいても、ときには研究者レベルでさえ中国の歴史や文化への理解がかなり乏しい人がすくなくないと感じます。

本来、中国史や漢文の知識は、世界のなかで日本が圧倒的なアドバンテージを持つ強みでしょう。SNS上ではしばしば「漢文は役に立たない」と「漢文不要論」が取り沙汰されますが、わざわざ全世界で唯一持っている武器を自分から手放すのはナンセンスだと思います。それらは、現代中国を分析して対峙たいじしていくうえでも有用な知識だからです。