中国社会にはどんな特徴があるのか。『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)を書いた紀実作家の安田峰俊さんは「中国では『宗族』と呼ばれる父系の同族集団が伝統的に強く、ときには数百年前の祖先まで意識する。そのため、日本よりも歴史に対する意識が強く、政治家やビジネスマンも当たり前のように古典文学を学ぶ」という。ライターの西谷格さんが聞いた――。(前編/全2回)
タイで行われた「始皇帝と兵馬俑展」
タイで行われた「始皇帝と兵馬俑展」(画像= Tris T7/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

『キングダム』は大人気でも、現代中国は嫌われている

――本書については『中国ぎらいのための中国史』というタイトルが過激すぎるという声もあるようですが。

とんでもない。内閣府の調査によると現在の日本人の86.7%が中国に「親しみを感じない」そうですから、いまは日本人の圧倒的多数が「中国ぎらい」。なので、この本のタイトルは「圧倒的多数の日本人のための中国史」と同じ意味ですよ。ただ、中国が日本にとって厄介な国だからこそ、彼らの歴史を知る必要があります。実は歴史は意外なほど現代中国の行動原理に影響を与えているので、中国史の知識は実用的知識なんです。

――日本人の9割近くが「中国ぎらい」のなか、一方では『キングダム』、『パリピ孔明』など、古代中国をモチーフにしたコンテンツは人気です。このギャップをどう捉えていますか?

日本人の大部分が、近代以前の「伝統的な中国」と、問題だらけの「現代の中国」を、それぞれ完全に別物と捉えているからでしょう。『キングダム』『三国志』のような伝統的な中華世界を描いた古典の世界は、一種の異世界ファンタジーの世界。習近平が台湾海峡で軍事演習をおこなっている現在の中華人民共和国とは、切り分けられています。

実はこうした傾向は今に始まったことではありません。日中戦争が起きた1930年代には、現実の中国とは戦争状態なのに、日本では三国志ブームが起きました。横山光輝の漫画『三国志』のモチーフになった吉川英治の小説『三国志』も、この時期に発表されています。

ただ、注意したいのは、伝統的な中華世界と現代の中国に「別物」感があるのは、日本人の一方的な感覚でしかないことです。一般には「中国は王朝が変わるたびに記録を焼き捨てるので歴史が残らない」とか、「文化大革命で伝統が全部破壊された」みたいな珍説もありますが、これらも間違いか不正確です。もちろん文革の被害は深刻ですが、数千年以上の伝統を数年〜十年の社会運動で消滅させるのは不可能ですから。

中国人にとっては、古典中国と現代中国は何ら切れ目なくシームレスに繋がっている。ここに日中間のギャップを解くカギがあるのです。