工場モデルの欠点③――スキルの「獲得」と「発揮」の等値

工場モデルの欠点の三つ目は、スキルの「獲得」と「発揮」を等値してしまっている点です。

ヒト・モノ・カネという古典的な三つの経営資源の中で、最も「伸縮性」が高いのがヒトという資源です。機械やロボットと違って、人は、置かれた環境によって発揮できる能力やスキルの幅を大きく増減させます。

例えば、スーパーエンジニアや新規事業開発の玄人など、「その領域のプロフェッショナル」として鳴り物入りで入社した人材が、転職先の企業で全く機能せずに辞めていってしまう事例など、枚挙にいとまがありません。

工場モデルの問題は、スキルの「獲得」と「発揮」という本来最も重要なプロセスへのパースペクティブ(将来の見通し、展望)があまりに素朴すぎるという点です。集中講座や研修やトレーニングで短期的にテクノロジーの「記憶」や「知識」を詰め込んでも、その「発揮」まではずいぶんと距離があります。リスキリングや学び直しは、具体的な仕事の現場で、変化を起こさなければ何の意味もありません。しかし、工場モデルはこのことを十分に検討できていません。

リスキリングに必要な三つの仕組み

さて、この「工場モデル」の限界を乗り越えるために、筆者はリスキリングに必要な「仕組み」を三つにまとめて提示しています。詳細はこれからの連載に譲りますが、少なくとも、リスキリングには単なる研修訓練の提供を超えた、スキルを活かすための「変化創出の仕組み」、「学びのコミュニティ化の仕組み」、キャリアについての「意思の創発の仕組み」の三つが必要です。これまで低すぎた研修訓練や人材開発費の増加はもちろんのこと、こうした仕組みを企業やリスキリング推進プロジェクトにビルトインしていく必要があります。

変化創出の仕組みとしては、例えば、目標管理制度の適正化や挑戦を促していくための工夫が必要です。いまや多くの職場で形骸化しきっている目標管理制度(MBO)を放置したまま、いくら研修場だけでトレーニングをしても、実際の行動変化は訪れません。

また、学びへの動機付けを個人に任せず、「学びのコミュニティ化」の仕組みを立ち上げることも必要です。いまブームになっている「人的資本」が人と人の信頼のネットワークである「社会関係資本」に支えられていることは多くの研究が示してきたことですし、日本という国は、なによりこの社会関係資本こそが欠如しています。この意味で、近年また一部の企業で動きが見られるコーポレート・ユニバーシティ(企業内大学)の動向は、注目に値します。

キャリアの「意思」を創発する仕組みとしては、企業の内部の人材流動性の質を変える、対話を通じた社内のジョブ・マッチングの仕組みが必要です。これまで日本企業では、社内公募や社内兼務のようなマッチング制度だけが導入されてきました。しかし、従業員が肝心の「意思」を持たないために、公募に手を上げる人が毎年わずか5%未満という企業ばかりです。また、ビジネスを遂行している事業部の側も、公募案件を出すことに消極的であり続けています。

このことは、企業がキャリア・カウンセリングや対話機会のような人を通じた個人の「意思の創発」に十分なリソースを割いてこなかったからです。世界的にみても自己肯定感が低く、学ぶ意欲も低く、エンゲージメントも低いとされる日本人にとって、キャリアへの意思は勝手に生まれてくるものではありません。ましてや、工場モデルの「スキル明確化」程度では、そうしたキャリアへの意思は調達できません。教室の前に貼ってあるカリキュラムをいくら見ても、希望する進路は決まらないのと同じです。

図表=筆者作成

リスキリングがブームになるにしたがって、これからも世間には「こうしたスキルが儲かる」「こうしたスキルを学ぶべきだ」といった情報が氾濫するでしょう。各メディアや行政も含めて、まるでファミレスのようにバリエーション豊かな「スキルのメニュー・リスト作り」ばかりを行います。学ぼうとする個人も、そうした学びのメニューに短期的に飛びつくかもしれません。

しかし、そうした風景は、これまで幾度となく見てきた風景です。表面的な情報をいくら提供しても、リスキリングはごくごく一部の人にしか浸透しません。そこには、「キャリアへの意思」や、「学びへの動機づけ」や、「変化創出への誘因」を生み出すような要素が全くもって欠如しているからです。リスキリングを本気で社会課題として引き受けるために必要なのは、そうしたものを生む機能を持った仕組みの検討と実践です。

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