なぜ研修の成果を仕事に生かすのは難しいのか。パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員は「スキルを身に付けることと、それを実際に使って仕事に生かすことに乖離がある。とくに日本企業では、職場メンバー間で仕事をフォローしたり助け合ったりする、『相互援助』の文化がある。このことが仕事のやり方を変えることをためらわせる原因になっている」という――(第5回)。
社員研修
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なぜ学びがムダになってしまうのか

いま流行している「リスキリング」の要点は、従業員の学びや新しいスキル獲得を促進することです。しかし、当然のことながら、新しい知識や技術は獲得するだけではなんの価値発揮にもつながりません。学び直された知識や技術は、現場で使われてこそ意味があります。このことを専門用語で「学習転移」と言います。リスキリング・ブームでいかに研修だけ増えようとも、この学習転移が起こらないのであれば、リスキリングに投じられた予算は無駄になります。

しかし、この「スキルを身に付ける」ことと「仕事に変化を起こす」ということの間には、大きな間隙かんげきが開いています。「教室」と「現場」の間にある谷、ともいえるでしょう。筆者が実施した調査では、現場には、変化を起こすことを躊躇ちゅうちょさせてしまうメカニズムがあることが定量的にわかっています。

業務で変化を起こすことを従業員が自ら抑制してしまう心理のことを筆者は、〈変化抑制意識〉と呼んでいます。〈変化抑制意識〉とは、組織の中で業務上の変化を起こすことを「負荷=コスト」として捉えてしまい、自発的な変化を起こすことを避けようとする意識のことです。

具体的には、「今の組織で仕事のやり方を考えることは大変だ」「自分だけが仕事のやり方を変えてもしょうがない」「今の組織で仕事の進め方を変えると混乱を招くと思う」といった意識を指します。聴取してみれば、こうした変化に対する負荷の意識について、就業者の3割以上が「ある」ないし「たまにある」と答えます。