「古いやり方」を捨てられないのはなぜか
リスキリングの流行とともに注目されているのが「アンラーニング」です。「アンラーニング」とは、平たく言えば、新しい仕事のやり方やスキルを獲得するために古いやり方を捨てる、という行動です。日本語では「学習棄却」や「学びほぐし」とも呼ばれています。
アンラーニングによって、これまでの自分の仕事の知識やスキル、やり方を新しくしていきます。たとえば、「Excelで管理していたデータを、ITシステムで代用する」といったテクノロジー活用はもちろんのこと、「昇進をきっかけに、ベテラン社員に対してもフィードバックするようにした」「レポートは7割程度の完成度でいったん周囲に相談するようにした」など、仕事の進め方や考え方の変化も含まれます。
「リスキリング」という言葉からは、スキルや知識を新しく積み重ねていく、「蓄積的」なイメージがもたれますが、「アンラーニング」の考え方からは、過去に学んだことやこれまで用いてきた仕事のノウハウを「捨てる」ことの大切さがわかります。
ビジネスの変化が速くなると同時に個人の働く期間が長くなれば、キャリアの中で古くなってしまった知識を捨て、新しいものを取り入れていくことの重要性が増していきます。近年、個人のアンラーニングの研究が増え始め、今や一般向けの本も数冊書店に並んでいます。しかし、こうした本を読んだとしても、仕事で慣れ親しんだやり方や考え方を変えることは難しいものです。たとえば、Excelをうまく使いこなしている人は、新しいシステム導入には消極的だったりします。それはなぜでしょうか。
こうした問いを考えるとき、しばしばある答えは、「過去の成功体験にとらわれてしまっているから」「うまくいったビジネスの記憶に縛られてしまうから」といったものです。そのような「過去の呪縛」に答えを求めるのはよくある発想です。
しかし、これらは気軽に首肯できるものではありません。バブル崩壊からすでに30年の時がたち、誇るような成功体験を持つ人は少数派です。経済停滞が続く日本で20年以上働いてきた筆者にとっても、そうした考えにはほとんど現実味が感じられません。そのような「過去体験」にアンラーニングの阻害要因を帰責させてしまうことで、「過去を捨て去るべきだ!」という空虚な「お説教」ばかりが生まれてきたのも事実です。
そこで筆者は、アンラーニングと働く個人の「今」との関連を定量的に分析しました。分析から見えてきた結果を先んじて述べれば、組織において個人のアンラーニングを妨げているのは、しばしば指摘されるような「過去の成功体験」や「過去へのしがみつき」よりもむしろ、「現在の中途半端な成功体験」です。