日本の人事評価が中途半端になる理由
このグラフの左端、つまり飛び抜けて最も良い評価を得るような人材は、常にアンラーニングを実践し、古いやり方に固執しない仕事のやり方で評価を得ているのかもしれません。
逆に、右端の最低評価をつけられている従業員は、「さすがにこれはまずい」と感じてアンラーニングを進めている最中なのかもしれません。そして、そうではない、「そこそこの良い評価」を得ている従業員こそ、そのどちらも感じずに、「今のままの仕事」を続けている層だということです。
次に考えるべきは、「こうした評価を受ける人がどのくらいいるのか」という問題です。日本企業の評価制度では、評価の「中心化」という傾向がしばしば指摘されてきました。
もともとはアメリカから輸入された目標管理制度は、90年代の成果主義ブームにより、中小企業まで一気に広がります。そうした広がり方をした目標管理は、日本においては「報酬の分配」という側面を強めることになりました。目標の設定とフィードバックの機能だけでなく、処遇決定や利益配分にも目標管理を用いる場合に問題になるのは、「職場全体での相対評価と、上司が下す絶対評価」のギャップが生じることです。
上司―部下間の一次評価は絶対評価として扱えても、原資配分というバランスを取らなくてはならない都合上、人事を交えた評価会議が行われ、それらが相対分布へとならされます。この分布調整によって、個々人の評価差は縮まりがちです。実際の企業で評価分布を見てみても、何段階の評価システムだろうと、両端のような尖った評価はほとんどつかない、もしくはつけないような設計になっていることがほとんどです。これが評価の「中心化」傾向です。
アンラーニングのデータを見ると、そうした尖った評価をつけられない「半端」な評価慣行は、アンラーニングを遠ざける方向に作用していそうだとわかります。高評価にも低評価にも振り切れない、半端な評価しかつけられない目標管理は、従業員に「アンラーニングしなくてもいい」という心理を与え続けているということです。
「限界」を感じる体験が必要
では、アンラーニングを進めるために必要なことは何でしょうか。筆者の実施した調査では、アンラーニングが進む上での大きな要素が明らかになっています。それは筆者が「限界認知」と呼んでいる経験です。
限界認知とは、「これまでの仕事のやり方を続けても、成果や影響力発揮につながらない」という自身の仕事の限界を感じることです。これまでの仕事の仕方を続けても「会社や組織全体に影響を与えられない」「メンバーがついてこない」「プライベートと両立できない」と感じる経験が、就業者のアンラーニングを促進していました。「このままではいけない」「変えなくてはならない」というある種の切迫感が、個人のアンラーニングを促進しているということです。
先ほどの管理職の滞留年数や人事評価とアンラーニングとの関係も、この「限界認知」と関連付ければより明確に理解できます。
管理職になってしばらくたったタイミングで現場でのいろいろなトラブルや問題点が見えてきた時期や、人事評価で圧倒的に低い評価をもらった瞬間などに、私たちは「これまでのやり方の限界」を目の前に突き付けられるということです。実際に、滞留年数と人事評価という2つの要素と限界認知の関係を見ると、アンラーニングについての傾向と同様の動きが見られました。