どんな経験が「限界」を突き付けるのか
では、どんな具体的業務が、こうした「限界認知」の機会を与えているのでしょうか。それさえわかれば、そうした経験をする機会を従業員に広く与えていくことによって、アンラーニングを促進する実践的なヒントが得られます。
具体的な業務経験と限界認知の関係を分析してみると、限界認知とプラスの関係があったのは、大きく以下の三つの業務経験でした。これらの行動が、「このままのやり方ではマズいかもしれない」というある意味での危機感を与えていたということです。
一つ目に「修羅場」の経験です。顧客との大きなトラブルや、事業・プロジェクトの撤退、大きな損失計上など、長い就業人生においては、こうしたストレスフルでネガティブな出来事があるものです。そうした乗り越えなくてはならない修羅場の経験は、既存の仕事のやり方を捨てなければならない限界を感じさせていました。やはり、大きな「壁」にぶつかった時、人は今の仕事のやり方を見直す契機を得るということでしょう。
二つ目に「越境的業務」です。他組織との共同プロジェクト、副業・兼業、海外での勤務など、自分のホームの環境ではないアウェーの環境で働いた経験は、この限界認知を促していました。
近年、社会人の学びの領域では、「越境学習」が注目されています。越境学習とは、ホームとなる本業と、アウェーとなる他の組織での仕事を行き来することによる学びです。いつもの仲間と進める仕事は、阿吽の呼吸のように言葉が通じやすく、進めやすい環境にあります。そうしたいつもとは違う環境に身を置くことは、やはり限界を認識することにつながっています。
今、多くの人にとって身近になってきた越境経験として代表的なものは、「副業」でしょう。2018年、厚労省は「許可なくほかの会社等の業務に従事しないこと」としていたモデル就業規則を改定し、副業は一気に注目を集め、新しい働く選択肢として私たちの視野に入ってきました。その改定をきっかけに、企業の間では自社の従業員に副業を解禁していく流れも続いており、今後も続いていきそうです。
三つ目は、「新規企画・新規提案の業務」です。新規のプロジェクトの立ち上げや、新しいアイデアや事業を提案する作業においては、これまでのやり方の延長線上では通用しないことがほとんどです。既存ビジネスの閉塞感から、従業員に広くアイデアを公募したり、社内コンペなどを行う企業も多くなってきました。そうした新しい仕事のタネをまく仕事は、健全な「壁」となって限界認知につながっているようです。
女性には自分の限界を感じる経験が与えられていない
こうした経験の経験率を、性年代別に見ると、「自身の仕事の限界」を感じるような経験や体験が中高年女性に顕著に不足しているという事情が見て取れます。
業務経験における男女の非均衡は、リスキリングを組織で進める際にも、放置できる問題ではありません。日本企業の男女には大きな「経験格差」があり、その背景には現場の上司や会社が幹部候補としての期待感を「男性」の側に大きく偏らせている事実があります。この経験格差は、管理職などの役職に就く女性が少ない要因の一つでもありますし、「アンラーニング」や「リスキリング」を妨げています。「リスキリング」の議論でこうしたジェンダー格差が話題になることは少ないですが、厳然と存在する男女の「経験格差」は、とりわけ注意を要するポイントです。