国の有識者会議が3月に公表した「南海トラフ巨大地震」の想定被害は死者数29万8000人を数え、2012年の前回想定からわずか2万5000人しか減らなかった。元静岡新聞記者でジャーナリストの小林一哉さんは「全国最多の死者が出るといわれる静岡県では、この10年で防潮堤の竣工などさまざまな対策をしてきたが、国は『最大クラスの地震に耐えられない』というだけで『減災効果ゼロ』と判定してしまった」という――。

想定死者数を巡る国と地方自治体の「食い違い」

国は2025年3月、全国で想定死者29万8000人というM(マグニチュード)9の最大クラスの「南海トラフ巨大地震」の新たな被害想定を発表した。

このうち、静岡県は全国最多の死者10万3000人とされてしまった。ほぼ3分の1を占める死者数に関係者は困惑するとともに、強い不満の声を上げている。

前回2012~13年に示した国の被害想定では、静岡県の想定死者数は10万9000人で、そのうち約9割を占めたのが津波の犠牲者だった。そのため、静岡県は後述する巨大な防潮堤の整備などを進め、いち早く「静岡方式」で地震・津波対策に取り組んできた。

全国屈指の長さを誇る浜松沿岸の防潮堤
写真=静岡県提供
全国屈指の長さを誇る浜松沿岸の防潮堤

国は2014年の南海トラフ巨大地震対策推進基本計画で「10年間で死者数8割減」を目標とした。

この目標を受けて、静岡県は2023年6月13日、地震・津波対策に取り組んだ結果、死者数を8割減少させたという減災効果を発表した。

川勝知事「国は自治体の取り組みを評価しろ」

発表当日の記者会見で、川勝平太知事(当時)は「静岡県では地震津波対策アクションプログラムをつくり、死者ゼロを目指している」とした上で、「国のほうでは、南海トラフ巨大地震が起こると、静岡県では10万人強が犠牲になるとまだ言っているようだが、これは10年も前の話ではないか。ちゃんといま作っている被害想定に静岡県の実態を反映してもらう必要がある」と今回の発表の2年前に、10年たってもほぼ変わらない国の被害想定を見越して、静岡県の取り組みをちゃんと評価するよう求めていたのだ。