「いつもどこで寝てらっしゃるんですか?」
(第9回から続く)
生前・遺品整理会社「あんしんネット」の平出勝哉さんが「残りはどれを処分するか」と尋ねると、依頼人のSさんは「ベッドの上の物は触らないでほしい」と答える。
「それならゴミを捨てずに、ベッドの上の物を下に動かし、部屋の隅に整理しておくのはどうか?」と、平出さんは提案した。私もそれがいいと思った。しかしSさんは納得しない。私は床にひざまずき、Sさんに目線をあわせて話しかけた。
「いつもどこで寝てらっしゃるんですか?」
「ここのベッドの上で寝ている……いつもはそんなに置いていないから」
Sさんが私を見ずに答える。
「追加費用がかかるわけではないし、必要なことがあれば私たちを使ってほしい。ベッドの下のものだけでも処分してはどうでしょう」
ベッドの下にも食品保存用のプラ容器や本などが詰まっている。その隙間でゴキブリが走りまわっているのが見えた。せめてここだけでも片付けたい。
今夜もここで眠ることを思うと涙が出そうだった
「いい……」と、小さなSさんの声。
物を捨てられることに警戒心を抱いている。このとき私は自分の心に、Sさんにどうなってほしいかと問いかけた。
部屋を片付けることが私の目的ではないと思った。もちろん取材で来たわけだが、何とかSさんの生活を立て直せないだろうか。ゴキブリが走りまわるような衛生環境で、暖房器具が使えない寒い室内で、Sさんが今夜も眠ることを思うと涙が出そうだったのだ。
あとから思えば、自分の亡き祖母に重ねていたのかもしれない。私は2歳の頃に実母を亡くし、祖母に育てられた。その祖母は、孤独の中で72歳で亡くなった。目の前のSさんが祖母に見えたのかもしれない。