「慣れているところが一番だから」

「僕らはトラックで処分するものを整理して確認してきますから」と、平出さんが言い残し、作業員は皆、いなくなった。室内には私とSさんだけ。

足のむくみが気になっていた私は、「病院にかかられているんですか?」とたずねた。

「えっと、かかっていない……」

聞き取れないほどの声だった。やっぱり誰も彼女の生活に介入できていない。

撮影=笹井恵里子
ベッドの上

私はSさんに向き直って“これで最後”という気持ちで、もう一度聞いた。

「寝づらくないのか心配なんです。こんなに物が積まれていて、この上に寝たら体が痛くなってしまう。一人で動かすのも大変ですし、私にやらせてもらえませんか?」

言い方がおかしかったのか、Sさんがハハハと、少し笑ってくれた。

「少しどかせば寝れるようになるから大丈夫」

「でも……」と、私がなおも言うと、

「慣れているところが一番だから」ときっぱり告げられた。

「そうか、そうですね。人にさわられるとわからなくなりますよね」と私が言うと、Sさんは黙ってうなずく。

「違うの、昨日お金をおろしたの!」

しばらくして、平出さんが戻ってきた。

「本日の会計ですが、全部で19万3500円になります」

事前におよその金額を聞いていたらしく、Sさんは特に驚いた様子はなく、手元のカバンを開ける。そして一瞬止まってから、慌ててカバンの中をひっくり返していった。

「あれ、あれ。お金がない……あーーーーっ!!」

カバンからは、両手いっぱい程度の500円玉、100円玉がつめられたビニール袋、むきだしの12万円が出てきた。合計すれば19万円程度はありそうだが、Sさんは「違うの、昨日お金をおろしたの!」と叫ぶ。

平出さんが「ゆっくり探せばいいですよ」と優しく声をかけるが、耳に入っていないようだ。Sさんは「ない! ない! ない!!」と繰り返し、パニックになっていた。