ゴミ袋が山積みで、風呂もトイレも使えないという1LDKに住む70歳の女性から、自治体を通じて「部屋を片付けてほしい」と依頼があった。作業開始から3時間ほどで室内はだいぶ片付いたが、作業後に依頼人が「お金がない!」と叫び出した。パニックになった依頼人がカバンの中をひっくり返す様子を見ながら、「発達障害の人が住む家は、ゴミ部屋になりやすい」という精神科医の仮屋暢聡医師の言葉が頭をよぎった——。(連載第10回)

「いつもどこで寝てらっしゃるんですか?」

第9回から続く

生前・遺品整理会社「あんしんネット」の平出勝哉さんが「残りはどれを処分するか」と尋ねると、依頼人のSさんは「ベッドの上の物は触らないでほしい」と答える。

【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら
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「それならゴミを捨てずに、ベッドの上の物を下に動かし、部屋の隅に整理しておくのはどうか?」と、平出さんは提案した。私もそれがいいと思った。しかしSさんは納得しない。私は床にひざまずき、Sさんに目線をあわせて話しかけた。

「いつもどこで寝てらっしゃるんですか?」
「ここのベッドの上で寝ている……いつもはそんなに置いていないから」

ベッドの上
撮影=笹井恵里子
ベッドの上

Sさんが私を見ずに答える。

「追加費用がかかるわけではないし、必要なことがあれば私たちを使ってほしい。ベッドの下のものだけでも処分してはどうでしょう」

ベッドの下にも食品保存用のプラ容器や本などが詰まっている。その隙間でゴキブリが走りまわっているのが見えた。せめてここだけでも片付けたい。

今夜もここで眠ることを思うと涙が出そうだった

「いい……」と、小さなSさんの声。

物を捨てられることに警戒心を抱いている。このとき私は自分の心に、Sさんにどうなってほしいかと問いかけた。

部屋を片付けることが私の目的ではないと思った。もちろん取材で来たわけだが、何とかSさんの生活を立て直せないだろうか。ゴキブリが走りまわるような衛生環境で、暖房器具が使えない寒い室内で、Sさんが今夜も眠ることを思うと涙が出そうだったのだ。

あとから思えば、自分の亡き祖母に重ねていたのかもしれない。私は2歳の頃に実母を亡くし、祖母に育てられた。その祖母は、孤独の中で72歳で亡くなった。目の前のSさんが祖母に見えたのかもしれない。