目上の方に贈り物をするときは、それなりに高価で価値を感じてもらえるものを選ぶのが定石です。しかし、日本酒の場合、値付けの理由を理解せずに選んでしまうと、価格と品質がマッチせずに恥をかいてしまうことも。目上の方に贈る日本酒として間違いがなく、相手への敬意も伝わる1本と、その買い方をお話しします。
目上の人にこそ日本酒を贈りたいが、注意点も
目上の方に贈り物をするシーンを考えてみましょう。例えば、日頃から恩義を感じている大切な上司の昇進祝いとして。入社当時からお世話になった得意先担当者の方の栄転を祝して。人生の師と仰ぐビジネス関係者の退職に寄せて敬意を表するために——。あなたが感謝や祝意の気持ちを添えて贈り物をしたいとき、誰にでもわかりやすい高級品をポンと贈るのだと、時にはビジネスライクな印象を与えてしまいかねません。そこでうってつけなのが、昔からお祝い事と深い結びつきのある日本酒です。
ただし、目上の方に日本酒を贈る場合、価格だけを目安に選ぶと思わぬ失敗を招くことに。なぜなら、市場に流通する“高級”といわれる日本酒には次のふたつのタイプがあり、「なぜ高価なのか」を知らずに選んでしまうと恥をかいてしまうからです。その理由を説明していきましょう。
価格に正当な理由がある「ハイスペック型高級酒」
ひとつ目のタイプは、酒蔵がハイスペックモデルとして販売している文字通りの高級酒。あなたの目的が「高い日本酒を贈りたい」なら、これで間違いないでしょう。よい原料と製法の手間、高い技術を求められることが高値の理由であることが大半。なかでも原料米のクラスと精米歩合は、最もわかりやすい指標になります。
たとえば、高級酒米の山田錦の中でもトップブランドとされる兵庫県「特A-a地区」産の米は、他の酒造好適米に比べて1.5~2倍の価格で取り引きされるのが常。精米歩合30~50%の大吟醸クラスともなれば、半分以上を削ってしまうわけですから、原価はさらに跳ね上がります。
酒造好適米では、生産量が少ない人気品種“愛山”も高値の米のひとつ。最近は無農薬・化学肥料無施肥の自然栽培米での酒造りが増えていますが、こうした米は山田錦の特Aクラス並みに価格が高く、全体に商品価格が上がる傾向にあります。
また、酒造りにかかる手間や時間も、当然ながらコストに反映されます。磨いた米で造る大吟醸クラスほど、原料の品質を損ねないよう、丁寧な手作業や小仕込みが増えるのは当然のこと。鑑評会の出品酒クラスになると、袋にもろみを詰めて自重で垂れた液体だけを斗瓶に取って澱下げし、瓶詰めする手間がかけられます。このように特別な工程や時間をかけて造られた、“袋吊り”“斗瓶取り”“雫酒”などの名前で流通するこれらの日本酒が高価なのは、それなりの理由があるのです。
贈り物では避けるべき「プレミア型高級酒」
もうひとつのタイプは、販売価格そのものは高くないのに、プレミア価格で取り引きされているもの。通販サイトやオークションばかりでなく、店頭でも定価の何倍、何十倍増しの値付けがされている銘柄が散見されます。高騰の原因は、一言で言えば需要量と供給量の著しいアンバランス。「十四代」「飛露喜」「勝駒」のように、人気が出ても量産せず、アイテムを増やさず、値段も上げず、酒質最優先の酒造りに徹する酒蔵の定番酒に多く見られる現象といえるでしょう。メディアに取り上げられたニューフェイスの銘柄や、品評会で受賞した小さな地方蔵の地酒が脚光を浴び、銘醸蔵の大吟醸をしのぐ高値で取引されるケースも珍しくありません。
「ちょっといい日本酒をプレゼントに」と考えているとき、気をつけたいのがこの「プレミア型」。“有名ブランド”“高価”の2点を手掛かりにネットで探し、条件に合った1本をポチって注文。数万円のプレゼントを贈ったつもりになっていたけれど、実は定価は2000円の品物だった! とわかったら、無知をさらすようなもの。プレミアが付くほどの日本酒ならば味は確かだろうと思っていても、ネットで取り引きされる商品では製造年や保管状態が確認できないケースが多いため、品質が劣化してしまっている可能性があるのも問題です。贈る相手に失礼なばかりか、造り手の酒蔵に対しても罪つくりです。
オンライン直販可能、レジェンドが造る高級日本酒
そこで、目上の方に贈るのにふさわしい値段と王道感があって、酒蔵のオンラインショップから安心して購入できる1本、「農口尚彦研究所」の日本酒をおすすめします。
農口尚彦さんといえば、“酒造りの神様”の異名を持つ日本最高峰の醸造家の1人です。上司や上役のシニア世代にとっても、“能登杜氏の四天王”に数えられ、90歳になった今も現役で酒造りに辣腕を振るレジェンド杜氏は憧れの存在でしょう。その名前をタイトルに冠した日本酒を、受け取る相手への敬意を重ねて贈ってみてはいかがでしょうか。
農口尚彦杜氏は16歳から酒造りの道に入り、29歳の若さで北陸を代表する石川県の銘醸蔵「菊姫」の杜氏に就任。香りとうまみのバランスを重視した“味吟醸”のスタイルを確立し、それまでは主に鑑評会のために造られていた吟醸酒を市場に送り出し、吟醸酒ブームの立役者となりました。一方で廃れつつあった山廃の技術についても研究を重ね、山廃造りの旗手としても一世を風靡。濃醇なうまみと力強い酸の個性を持つ「菊姫 山廃純米」は、今もシグネチャーとしての輝きを放ち続けています。
定年退職で「菊姫」を辞した後は、同じく石川県の「常きげん」の鹿野酒造へ。14年間の杜氏就任中は厚生労働省の「現代の名工」に認定され、2008年には黄綬褒章を受章。80歳を過ぎて一度は引退を決めたものの、農口杜氏の技術と哲学を後代に引き継ぐために石川県小松市に新築された「農口尚彦研究所」で再び杜氏に迎えられました。蔵には農口杜氏の巨大なパネルや年表が掲げられ、弟子入りを志願して国内外から集まった蔵人の姿も。酒造りの現場は、常に農口杜氏を中心とするチームの熱量であふれています。
農口杜氏に会った誰もが口にするのは、伝説の杜氏としての尊敬を一身に集めながら、なお謙虚に学び、時代の変化に合わせた酒を求道する姿。「農口尚彦研究所」の日本酒にも、定番商品のほとんどを占める無濾過生原酒の味わいに、そのみずみずしい現役感が映し出されているように感じられます。
定番には速醸の本醸造から純米大吟醸までのフルスペックが揃い、五百万石、雄町、愛山、美山錦など酒米違いのバリエーション、ヴィンテージ違いの選択肢も。5000円~1万円の予算であえておすすめを挙げるとするなら、艶やかな気品にあふれる純米大吟醸か、農口杜氏の十八番でもある山廃の無濾過生原酒シリーズ。たとえば、2018年ヴィンテージの「山廃美山錦」は、ハーブのようなボタニカル感と山廃特有の乳酸のうまみが調和し、和食にも洋食にもきれいに寄り添う懐の深さに名刀の切れが冴えわたります。
オンライショップから直接発送で贈る場合は、贈り物が先方に届く前に一筆お送りするのがマナーです。名杜氏のお酒に込める思いを一言書き添えると、いっそう深い印象をもっていただけるかもしれませんね。


