記憶は脳で行われます。そうであるなら、効率よくしっかりと記憶していくには、脳の仕組みや癖というものを知っておくのが得策でしょう。ビジネスにおける商談の場でも、商談相手の興味関心や思考の癖といったことを事前に研究しているかどうかで結果は大きくちがってきます。そんな脳の癖を利用した記憶術を紹介します。

丸暗記は脳にとって負荷が大きい行為

わたしたちの脳は実に多くの働きを担っている器官であり、何かを覚える、記憶することもその働きのひとつです。一方で、脳は「ものごとをなかなか覚えてくれない」器官でもあります。なぜなら、脳は多くのエネルギーを消費する燃費の悪い器官だからです。

脳の重さは、体全体のわずか2%程度に過ぎません。そうであるにもかかわらず、その消費エネルギーは、体全体が消費するエネルギーの実に約25%に相当します。そのため、なんでもかんでも覚えようとすると、限られたエネルギーをどんどん消費してしまいます。そんな事態を避けてエネルギー消費を抑えるために、脳はなかなか覚えようとはしないのです。元来、脳は怠け者なのです。

例えば、丸暗記は脳が嫌がる記憶法のひとつです。もちろん、丸暗記でも覚えられることは覚えられますが、そうするためには覚えるべきことを何度も繰り返し読んだり書いたりしなければなりません。

遣唐使が廃止された894年という年号を覚えるにも、語呂合わせによって「白紙(894)に戻そう、遣唐使」と意味づけする場合と比べると、まったく意味づけもされていない数字の羅列をそのまま丸暗記するのは、それだけ脳にとって負荷が大きく膨大なエネルギーを消費する行為です。そのため、脳が嫌がるというわけです。

では、そのような脳の癖を回避して記憶するにはどうすればいいでしょうか? そうするための鍵のひとつは、感情にあります。感情は、記憶と非常に密接につながっています。過去の楽しかったことや嬉しかったこと、あるいは悲しかったり悔しかったりしたことなど、強い感情を伴う出来事は、覚えようとしなくとも覚えているものです。それは、強い感情が伴った情報に対して、脳の「海馬」という部分が、「これは重要だ」「きちんと記憶として残しておこう」という判断をするからです。

好きなことに関して子どもが驚異的な記憶力を示す訳

そうであるなら、感情を利用する方法が有効だと考えられます。ヒントを与えてくれるのは、子どもたちです。子どもの場合、電車の車両記号、ゲームのキャラクターなど、自分が好きなものなら大人がびっくりするほどの記憶力を見せることがあります。なぜそんなことができるかというと、そのことが大好きだからです。つまり、覚えようとしていることに、快の感情を伴っているということを意味します。

「好き」という快の感情は、感情のなかでも非常に強いものであり、だからこそ、好きなものに関しては、本来はなるべく覚えようとしない怠け者の脳ですら積極的に覚えておこうと機能します。

しかも、好きなことを次々と覚える子どもたちは、その覚えるという行為自体が「楽しい」と感じています。つまり、いわゆる内発的動機づけが働き、モチベーションがとても高まっている状態にあります。自分の興味関心や意欲によって内面に自然と湧き起こった「これをやりたい!」というモチベーションは、例えば「これをやればお金をもらえる」といった外発的動機づけに比べて圧倒的に強いことはよく知られています。

「好き」という非常に強い快の感情を伴っているうえに、内発的動機づけによって覚えるという行為自体を楽しく感じていてモチベーションが高まっている――。そのメカニズムこそが、自分の好きなことに関して子どもたちが驚異的な記憶力を発揮する理由です。

わたしたち大人も、このメカニズムを少しでも利用したいところです。とはいえ、仕事や勉強のために半ば迫られて何かを覚えなければならないことも多い大人の場合、子どもたちのように覚える対象を好きだと感じたり、覚える行為を楽しく感じたりすることはそう多くないでしょう。そうであるなら、工夫するしかありません。

覚える対象に好意を持つよう心を意図的に操作するのは難しいかもしれませんが、覚える行為を楽しく感じられるようにする方法は考えられます。例えば、「ゲーム化」です。ZOZOTOWNでおなじみのZOZOの創業者として知られる前澤友作さんは、高校生の頃にスーパーでレジ打ちのアルバイトをしていた際、「昨日より速く打とう」「お釣りの小銭を超速で返そう」というように考え、全力でそうすること自体が「楽しかった」と語っています。レジ打ちという単純な作業をゲーム化し、そこに楽しさを見出していたのです。そんな工夫ができないか、みなさんが何かを覚えるときにも考えてみてはどうでしょうか。

ゲーム化によって内発的動機づけを助ける「目標達成シート」

このゲーム化に関してわたしから提案したいのは、「目標達成シート」というものをつくることです。

例えば、語学の勉強のために1000個の単語を覚えようというとき、「よし、1000個覚えるぞ!」という目標を掲げることは得策ではありません。単語を覚える行為自体が楽しいと感じられる人ならそれで構いませんが、仕事のために迫られてそうする場合には、「好き」の感情も生まれず、内発的動機づけをされることもないからです。

そこで、以下のようなかたちで目標達成シートをつくり、「10個覚えたら1マスを塗りつぶす」というように決めるのです。

小学生の頃、夏休みにラジオ体操カードを使っていたという人も多いでしょう。きちんと早起きしてラジオ体操をすればハンコをもらえるだけのものですが、毎日マス目が埋まっていくことが妙に嬉しかったのではないでしょうか。そんなラジオ体操カードと同じ効果が、目標達成シートにはあります。

また、この目標達成シートは、ゲーム化によって内発的動機づけを行うことのほか、「怠け者のくせに達成感を味わいたがる」という脳の特性を利用したものでもあります。

「1000個の単語を覚える」という大きな目標のままだと、「そんなにあるのか……」と脳は尻込みしてしまい、元来の怠け者ぶりを発揮して覚えようとしてくれません。そこで、「今日は10個だけ覚える」というように目標をなるべく小さく設定し、「今日もできた!」「また今日もできた!」と小さな達成感を脳に味わわせてあげるのです。そうすれば、脳はモチベーションを損なうことはありません。

この考え方を、専門的には「スモールステップ」と呼びます。これは、アメリカの心理学者であるバラス・スキナーによって提唱されたものであり、記憶学習などの習慣化に大きな効果を発揮することが知られています。

まず全体像を見せて脳を安心させる

ただ一方で、脳は「やりはじめる前から全体像を知りたがる」という特性も備えています。つまり、「1日に10個だけ単語を覚える」と目標を小さく決めたとしても、どこがゴールなのかが見えないと、「これから覚えようとしていることは、どれくらいのボリュームなのか」「どれくらいの難易度なのか」といったことを脳が気にして不安になってしまい、パフォーマンスを発揮できないのです。

ですから、まずゴールはどこかという全体像を脳に見せてあげなければなりません。これは、資格試験のために参考書に書かれている内容を覚えるといった、範囲の決まっていることを覚える際に特に有効です。

参考書を読むときには、スピードを意識してまずは1回最後まで読み切ります。そうして全体像やゴールを見せてあげると、「なるほど、これくらいのボリュームなんだね」「難易度はこれくらいか」と理解して脳は安心するわけです。

もちろん、速く1回読んだだけでは記憶できることは限られていますし、その定着率も高くありません。それでも、脳は全体像を見て安心すると同時に、「ここは理解するのが難しそう」「ここが重要そうだ」といった、気になるポイントを見ています。

そのため、2回目以降に読むときには、その重要ポイントに脳は着目します。そうして、2回、3回と速く何度も読むことで、内容の理解度と記憶の定着率を効率的に高められるのです。

逆にいうと、1回目に読むタイミングでじっくりと時間をかけ、すべて理解して覚えようとすることはいい方法ではありません。全体像が見えないために脳は不安になってパフォーマンスを発揮できませんし、1回目を読み終える頃には最初のほうに読んだ部分を忘れてしまっているということになりかねないからです。

範囲の決まったものを覚えるときには、「速く薄く何度も色を塗り重ねていく」イメージを持って取り組んでください。

(構成=岩川悟、清家茂樹 図版作成=木村友彦 撮影=玉井美世子)