「バッタへの愛」はひとまず脇に置いて

(1)食後のゴミムシダマシを、(2)指で頭を押しこむと生殖器がはみ出し性別判定可能に、(3)メス、(4)オス。(撮影者:前野ウルド浩太郎)

ヒーローのすごさは平和なときはかき消されるが、ピンチでこそキラリと輝く。今回の「バッタ失踪事件」は、己の運の悪さを呪うのではなく、「自分、こんなこともできるッス」と、むしろ自分の昆虫学者としての能力を学会にアピールする絶好の見せ場になるはず。大人の階段登ってやるぜ!

私がとった作戦は「浮気」。バッタには悪いが別の虫を研究し、それで研究成果を上げる寸法だ。これならバッタがいなくても問題ないし、バッタ以外の昆虫も研究できる能力を持ち合わせていることをアピールできる。

目をつけたのはサハラ砂漠で大量に目撃される黒い昆虫、ゴミムシダマシ(通称:ゴミダマ)。ゴミダマに狙いをつけたのは、砂漠を代表する虫として研究者の間では知名度が高かったこと。その割には謎があるということ。そして、大量捕獲できるからだ。実験するためには大量のサンプルが必要になるので、打ってつけだ。野外調査中に食事の残りを地面に放置しておくと、彼らがわらわらと寄ってくる。ソースをかけていない素のスパゲティにさえ大量に集まってくるので、傍らに落とし穴を掘っておけば穴が真っ黒になるほどトラップできる。

論文を書くためには謎を解いて新発見をする必要がある。とはいえ、狙って新発見できるものでもない。大量の論文を読み漁り、「あっ コレやられてないや」と「隙間」を見つけるのも一手だが、単純に自分が不思議に思ったことを研究する「ファーブル流」のやり方もある。ただ、すでに謎が解かれていたら、二番煎じとなり、論文発表するのは難しい。研究者には「知識」、「謎に気づくセンス」、「新発見したいという強い想い」が求められているのだ。

私はゴミダマ素人のため「隙間」を知らないので、今回はファーブル流でいくことに。何か面白い謎がないものかとゴミダマをうっとりと眺めていたところ、外見から雌雄の区別がつかない「謎」に気づいた。解剖して生殖器を見ないと性別判定できないので、これでは雌雄を分けて行う実験ができないではないか。どうにかして生かしたまま性別判定できないものかと舐めるように観察していたところ、ゴミダマがエサのスパゲティを腹一杯食べると、腹部の先から生殖器が少しはみ出すことに気がついた。ゴミダマは、腹がはち切れるほど「食い溜め」し、膨れた内臓が生殖器を押し出したようだ。さらに指で頭を押しこんでやると完全にはみ出した! ゴミダマの「食い意地」を利用すれば、殺さずに性別判定できる。

恐る恐る、この発見をアメリカ昆虫学会誌(1.317ポイント)に論文投稿したところ、私の通算24報目の論文として受理された。[Maeno, O.K., Nakamura, S. & Babah, O.A.M. (2012) Sexing live adults of the three species of darkling beetle (Coleoptera: Tenebrionidae) and morphological characteristics 雑誌名:Annals of the Entomological Society of America 105, 726-730.]

逆境の中、業績も生み出せた。そして私は、バッタ以外の昆虫も研究できる浮気なバッタ野郎へと成長できたのである。

●次回予告
バッタ博士を支える実験器材は、砂漠上では急激に消耗する。日本から持ち込んだ貴重な器材も底を尽く。しかしここは西アフリカのモーリタニア。ハンズもコンビニもない。そのとき、博士は目の前にあった「あるもの」に目を止め、ひとりニヒルに頷いたのだった。次回《道具がない!——手づくりの武器で闘え》、乞うご期待。
(※著者研究集中のため7月13日は休載します。次回掲載は7月20日の予定です)