言葉を尽くして丁寧に話しているはずなのに、相手は「?」と首を傾げている……。そんな現象が起きるのはコミュニケーション能力が原因ではなく、認知の問題だった。注目を集める認知科学の研究者が、「話せばわかる」の幻想を解き明かす――。

言葉は外界にあるリッチな情報を捨てている

――ビジネスや日常生活で「何度も説明したのに話が伝わらない」という経験はよくあります。言葉や説明が足りないのでしょうか、それとももっと別の問題があるのでしょうか?

【今井】まず前提として、「伝えたいことはすべて言葉で伝えられる」というのが、そもそもの思い違いなんです。私たちは言葉を使ってコミュニケーションを取っています。そのとき、話し手は自分の思いやイメージを言葉にぎゅっと圧縮している――。つまり、言葉は外界にあるリッチな情報を捨てて、ある一面だけをすくいとって記号化しているんですね。一方で聞く側も、相手が話したことをそのまま頭にインプットしているわけではありません。抽象度が高い言葉を解釈するため、行間を埋めようと「スキーマ」を稼働させています。

――「スキーマ」とは何でしょうか?

【今井】認知心理学で、「知識や思考の枠組み」を表す用語です。スキーマはその人のこれまでの経験や学んできた暗黙の知識で、身につけた価値観などからつくられる、いわば各人にとっての「当たり前」の基準のようなものです。相手の言葉を理解したり物事を考える際、脳のバックグラウンドで常に動いていて、人間の直観による判断を担っています。外界の情報について、興味深いか、好きか嫌いか、重要と思えるか、といったことを判断し、情報へ注意を向けるべきかを決めます。つまり情報を取捨選択する役割を担っています。

人生の経験や学び、育ってきた環境は一人一人違うので、スキーマもまた人ごとに異なります。たとえば「ネコ」という同じ言葉を聞いて、飼っている三毛猫を思い浮かべる人もいれば、キティちゃんなどのキャラクターを思い出す人もいるでしょう。そして、あなたの話を聞く相手は、あなたとは違うその人自身のスキーマであなたの言葉を受け止め、優先順位や意味を判断しています。