現実は、衆院早期解散を選択し、10月9日の解散前に党首討論を通常の45分を80分に延長して行っただけで、衆参両院予算委員会は開かれずじまいだった。言行不一致と非難されても仕方がない。
首相が7条解散否定論者だったことも、批判を呼び込んだ。石破氏は6月14日の自身のブログで「衆院の解散は内閣不信任案の可決や信任案の否決など、内閣と衆院の立場の相違が明確となった場合に限り、内閣が主権者である国民の意思を問うために行われるべきものであって、単に天皇の国事行為を定めたに過ぎない(憲法)7条を根拠として『今解散すれば勝てる』とばかりに衆院を解散することは、国会を『国権の最高機関』とする憲法41条の趣旨にも反するのではないか」と、持論を披瀝していた。
「69条に該当しないが、趣旨に合致する」
その石破氏が9月29日のフジテレビ番組では、衆院解散の根拠となる憲法条項に触れ、「国民に新政権ができたときに判断を求めるのは69条に該当しないが、その趣旨に合致する」と言ってのけたのである。同席した野田氏が呆れたように「7条解散としか言いようがない」と指摘したのは、もっともだった。
石破首相が就任後、持論を封印したり、発言を掌返ししたりしたのは、ほかにもいろいろある。安全保障政策では、アジア版NATOの創設、日米地位協定の改定、核共有・核持ち込みの検討などを主張したが、早々に引っ込めた。経済政策では金融所得課税強化、エネルギー政策では「原発をゼロに近づけていく努力をする」と訴えていたが、10月4日の所信表明演説や7、8日の衆参の代表質問を通じ、言及しないか、表現を一変させた。
例えば、金融所得課税については「現時点で検討することは考えていない」と後退し、原発については「安全を大前提とした利活用によって日本経済をエネルギー制約から守り抜く」との表現に改めた。要は、岸田政権の政策を踏襲するという話である。
所信表明演説に残った独自の政策は、地方交付税の倍増、「防災庁」設置に向けた指示くらいになってしまった。これでは、一体何をしたいのか、よく分からないではないか。
「党内野党」の立場でこれまで気楽に発信してきたが、霞が関との対話に乏しいこともあって、政治・経済、国際情勢をアップデートできていなかったのだろう。それが政権を担った途端に現実路線に引き戻されたのが実情だったのではないか。深刻だったのは、首相が選挙戦で何を訴えても、心に響かないという事態を招いたことだ。