※本稿は、乾祐綺『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
1日に何度も休むのが当たり前の国
ポルトガルで暮らしはじめて驚いたのは、みんな、よく休むということだった。
朝の出勤前にカフェでコーヒー。午前の仕事の途中でも「ちょっとカフェに行こうよ」。昼休みはしっかり1時間。午後3時には甘いものをつまみながら再びコーヒー。夕方になると「一日おつかれ」とでも言うかのように、再びカフェへ。
要するに、一日中休んでいるように見える。でも、これがこの国のリズムなのだ。しかも不思議なことに、ちゃんと社会が回っている。
日本では「休む=サボる」「効率が悪い」と思われがちだ。でもポルトガルでは「休む=整える」が日常であり、もはや文化になっている。立ち止まることが、もはや次に進むための儀式。
この国の人たちは、時間を区切る感覚に優れている。働くときは働く、話すときは話す、休むときは迷わず休む。それが自然体でできるのがすごい。どんなに忙しそうに見えても、「まずコーヒーを飲んでから考えよう」となる。この“ゆるい効率”が、実は一番の合理性なのかもしれない。
きちんと休むから人と向き合える
取材でとあるオフィスに行ったときのこと。インタビューに次いで撮影の段になったと思いきや、「コーヒーでも飲もうか?」と取材先のマネージャー。いただいていた取材時間を超えそうだったので、その旨を説明しても、笑顔でカフェに連れて行かれたことがあった。
ポルトガルの人たちは、休むことを罪悪感なしにできる。それどころか、休むことを誇りにしている節さえある。なぜなら、休むことで“ちゃんと人と関わる”からだ。休憩は関係を温め直す時間。昼に家族や同僚とテーブルを囲む、午後3時に甘いものとビカ(Bica/エスプレッソ)、夕方に「今日もおつかれ」と短い会話。言葉の往復が、日常のストレスを分解していく。
公共空間にもそれが表れる。公園のキオスク(Quiosque/公園内にある小さな売店やカフェ、カフェスタンド)には必ずエスプレッソマシン。海辺の売店でもビカが飲める。都市設計の細部に、いつでも小休止できる仕掛けが点在している。
休む時間が、社会を優しく繋ぐ時間になっている。
街を歩けば、午後3時ごろにはカフェでおじいちゃんたちが集まってトランプをしていたり、子どもを迎えに来た母親がコーヒーを片手におしゃべりしていたりする光景も見慣れたものだ。
それぞれの休みかたが街にある。休むことが生産性を下げるどころか、逆に生活の質を上げるリズムになっているのが、ポルトガルらしい。

