充実した老後をすごすには何が必要か。フォトジャーナリストの乾祐綺氏は「ポルトガルでは日本と同じく高齢化を課題としながらも、町の高齢女性が活性化している。彼女たちが才能を開花させる施設がある」という――。

※本稿は、乾祐綺『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

可能性に満ちあふれた高齢女性たち

リスボンの街を歩いていると、そこかしこでおじいちゃん、おばあちゃんに出くわす。いやもうそれは、リスボンに限らず、ポルトガル全土での話かも。

カフェのテラス席に一人で座るおばあちゃん(しかも赤ワインを飲みながらが多く、その佇まいがかっこいい)、店先で客と談笑するおじいちゃん店主、路面電車に乗って孫のような青年に「あなたの靴、すてきね」と声をかけている上品な老婦人などなど。

そこには、日本でしばしば語られる「高齢化=重荷」的な空気感はない。むしろ“老いは街の一部”であり、人々の生活に潤いを与える重要なピースのように扱われているようにも感じられる。

そんなポルトガルの老いに対する空気を、もっとも軽やかに表現しているプロジェクトが 「ア・アヴォ・ヴェイウ・トラバリャル(A Avó Veio Trabalhar。以下アヴォ)」だ。直訳すれば「おばあちゃんが働きに来た」。しかし、その活動の本質は「働く」以上に、“老いの再創造”とも表現したい、可能性に満ち満ちている。

アヴォは、リスボン在住の高齢女性たち、いわゆる“おばあちゃん”が主役となるクリエイティブ・プロジェクトである。おばあちゃんたちは、刺繍や編み物、伝統技術をベースにしつつも、現代的なデザインやポップカルチャーを組み合わせ、唯一無二のアートやプロダクトを生み出している。

伝統的な刺繍を現代アートワークに

そこには、よくある高齢者支援という福祉的な文脈は存在しない。代わりにあるのは、“人生の後半だからこそできる創造”をめいっぱい開花させる場である。

優しい光が射し込むスタジオで、刺繍に勤しむおばあちゃんたち
優しい光が射し込むスタジオで、刺繍に勤しむおばあちゃんたち。出典=乾祐綺『ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)

リスボンにあるアトリエの様子を描写してみる。そこにはカラフルなクッション、モノクロの写真に彩色が施されたアートワークなど、ところせましと並んでいる。よく見てみると、そのいずれにも、刺繍の技術を使っていることがわかる。

アトリエの中では、作業をするおばあちゃんの姿が。その手元でつくられているのは……そう、刺繍。ポルトガルの刺繍は数世紀の歴史を誇るという伝統的なもの。愛らしい刺繍は、土産物などでも目にする機会が多いものの一つ。そして、ポルトガルのおばあちゃんは、刺繍が上手な人が多い。

加えて、1974年の独立革命(カーネーション革命)まで続いたサラザール政権時代、女性は思いどおりに働くことができず、投票権もなく、不自由な暮らしを余儀なくされていた。そんな時代を生き抜いた女性たちは、専業主婦としての家庭での仕事が中心となり、結果として、刺繍や裁縫が上手にならざるを得なかった、という背景もある。