現在29歳の女性は小さい頃から父親の怒鳴り声と母親の金切り声を聞いて育った。公務員の父親は「頭のおかしいヤバい奴」、母親は「ヒステリックでブランド好きの聞かん坊」。暴力と暴言が絶えない家の中に安らぎはなかった。やがて父親は仕事のストレスでうつ病になり、中学生になった女性もうつ病に。だが、母親は自分の味方にはなってくれなかった――。(前編/全2回)
ある家庭では、ひきこもりの子どもを「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーができるのか。具体的事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破る術を模索したい。今回は、父親を「殺したい」と思うほどの憎悪を抱える現在29歳の女性の家庭のタブーを取り上げる。

父親を殺そうと思った娘

東北地方在住の大川奈々さん(仮名・29歳)は23歳の頃、父親を殺そうと思い、ホームセンターで包丁を購入した。

しかし、実行には移さなかった。

「自分で殺した先にある未来と、ただ死ぬのを待つ未来を比べた結果、自分で殺すのはコスパが悪いと思ったからです」

包丁
写真=iStock.com/Kateryna Kukota
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奈々さんは現在、「父が死んでからようやく、私の人生が始まる」と考えているという。

奈々さんと筆者は、AbemaPrimeへの出演を機に知り合った。彼女の父親は、現在70代。大学を卒業した後、地方公務員になり、60歳で定年退職した後は再任用で2年働き、5〜6年実家の農業を手伝い、現在は介護施設のドライバーをしている。

父親は外面が良く物腰柔らかで、職場では好印象。35歳を過ぎても独身だった父親に、上司がお見合いを勧めたことで母親と知り合ったようだ。

「父には昔、結婚したかった女性がいたらしいのですが、中国人だったため、祖母から『頼むから日本人にしてくれ』と懇願されたそうです。それで父は仕方なく中国人女性と別れ、お見合いで知り合った母との結婚を決めた……というようなことを言っていました」

一方の母親は、父親とお見合いをする前にも複数回お見合いをしていたという。

「母は少なくとも3回以上はお見合いをしているはずです。なかなか決まらなかったのは、母がわがままだったからだと想像しています。当時母はお見合いに疲れていて、父は収入が安定している公務員だったため、周囲からもお勧めされて、母は父に決めたのだと思います」

お見合いから数カ月後、父親37歳、母親29歳で結婚。約5年後に奈々さんが生まれた。