「生物多様性とは何か」が議論されてこなかった
環境省パンフレットには「シカは植物を食べる日本の在来種で、全国に分布を拡大し個体数が増加、シカが増えることは良いことと思うかもしれない」と断り書きをした上で、「全国で生態系や農林業に及ぼす被害は深刻な状況になっている」として徹底的に駆除する理由を説明している。
「日本在来種のニホンジカが増えることは良いこと」と言っているのに、「徹底駆除する」のは、要は人間生活に大きな影響を与えるからである。
この考えに基づけば、南アルプスでは県民生活への影響はないから、今後、徹底駆除することはないだろう。
ニホンジカの急増で、南アルプスのシンボルであり、国の特別天然記念物ライチョウが餌となる植生を失い、急減したとの報告が出されている。ただ防鹿柵とライチョウの関係は調べられていない。
また南アルプスではライチョウの卵を食べてしまうキツネ類も増え続けている。となると、今度はキツネ対策をしなければならなくなるが、そこまで手が回らない。
南アルプスという複雑な自然環境の中で、「生物多様性を守れ」というテーマで何を守りたいのか、これまでちゃんと議論されてきたとは思えない。
だから、ニホンジカから高山植物を守ることが、生物多様性を守ることに本当につながるのか、さまざまな疑問が生じてくるのだ。
自然とは何かも定義せずに「代償措置」を求める
川勝平太前知事は「南アルプスは国立公園であり、国民の総意として南アルプスの自然を守ることは国策である。エコパークに認定された南アルプスの生態系を保全するのは国際公約だ」などと理念的な主張を繰り返していた。
川勝知事がいなくなると、環境省の「ネイチャーポジティブ(自然再興)」というわかりにくいカタカナ用語を持ち出して、今度は「代償措置」をJR東海に求めているのだ。
根本的に「生物多様性を守れ」というテーマ自体よくわかっていないのだ。