リニア工事に関係なく「シカの食害」は問題に

まず、今回の代償措置に挙げられた「防鹿柵」と関係するニホンジカの食害はどうなっているのか。

静岡だけでなく、山梨、長野の3県にまたがる南アルプスの多様な自然環境はニホンジカの食害によって、大きく変わってしまっている。

「シカが日本を食べつくす」と題された環境省のパンフレットには、南アルプスでニホンジカが高山植物を食べつくした状況を3枚の写真で紹介している。

環境省のパンフレット「シカが日本を食べつくす」
環境省のパンフレット「シカが日本を食べつくす」

1979年夏には南アルプスに見事なお花畑が広がっていたが、2005年夏には草原となってしまい、2010年夏にはとうとう草原も消え、石ころがむき出しの状態になってしまった。

まさに、ニホンジカにすべて食べ尽くされてしまった状態であり、このような状況が南アルプス各地に起きていた。

南アルプスでは、リニアトンネル工事着工とは関係なく、生態系の深刻な被害に直面していた。

シカが「自然環境の破壊者」と言われるゆえん

環境省の推計によると、ニホンジカは2019年には、全国で約260万頭が生息、毎年約60万頭が捕獲されている。環境省は2024年までに約152万頭までに減らす計画を立てていた。

静岡県の博物館施設に展示されたニホンジカの剥製
筆者撮影
静岡県の博物館施設に展示されたニホンジカの剥製

ただどんなに捕獲をしてもニホンジカは増加傾向にある。それは、ニホンジカが反芻はんすう胃と呼ばれる4つの胃を持ち、イノシシのような単胃動物が消化できない繊維や細胞壁なども分解してしまう強い胃を持っているからだ。

ニホンジカは有毒物質を含まない植物であれば、何でも食べてしまうのだ。

イノシシ、サル、クマは人間と同じ単胃動物だから、消化が容易な植物や動物しか食べない。イノシシやサルは畑の作物などを荒らす害獣だが、ニホンジカは樹皮などすべての植物を食いつくす自然環境の「破壊者」と呼ばれる。

南アルプスの高山植物を守るには、柵やネットを施す以外に打つ手はない。

ただ、増えすぎたニホンジカは2000メートル以上の山岳地域で高山植物を食べ尽くしてしまったあと、餌を求めて縄張りを他の地域に拡大している。