こうした話をしていたところ、筆者の研究室で博士号取得を目指している堀口悟史さんが「先生、こういう事例はどう解釈すればよいでしょう?」と言っておもしろい事例を持ってきた。

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図1 雑貨用途のマスキングテープの売上高推移

彼が持ってきたのはマスキングテープの用途革新の事例だ。消費者が日常生活でマスキングテープを使う新しい用途を考えつき、メーカーに伝えたのだが、ほとんどのメーカーがその用途の事業化を行わなかった。結果として、うち1社が事業化し発売後4年で20億円の小売市場が誕生したそうだ。製品を最初に市場に投入したカモ井加工紙(以下、カモ井:岡山県倉敷市)は当該市場でOEMを含めた約9割のシェアを占め、同社全体の売り上げの1割以上を当該用途向けで稼ぐようになっている。カモ井以外のマスキングテープ・メーカーは有望な市場の存在を消費者から知らされながらも自社に取り込むチャンスを逃がしてしまったのだ。

メーカーが消費者のアイデアを採用しない理由

ここでおもしろいのは、消費者が用途転換したのは、それら企業が販売していたまさに「そのもの」だった点だ。そうである以上、消費者が用途革新した製品は各企業にとって「おもちゃ」には見えなかったはずだ。にもかかわらず、ほぼすべてのマスキングテープ・メーカーが用途革新を受け入れようとしなかった。なぜ、マスキングテープ・メーカーは消費者による用途転換を自社製品に採用しなかったのだろうか。その点を考えるため、この事例を詳しく見てみることにしよう。

マスキングテープは建築現場などで塗装を行うときに、色を塗らない部分を保護するため該当個所周辺に貼る粘着テープで主に工業用途向けに販売されてきた。同テープはどこに貼っても簡単に剥がせるだけでなく用途別に青や黄色、緑といったように様々な種類のものがある。建築現場では足場を組むのに時間がかかる。だから塗装が終わったと思って足場を解体した後にマスキングテープの剥がし残しが見つかると、もう一度足場を組み直すことになり大きな時間的ロスが発生してしまう。そんなことが起こらないようマスキングテープの色には目立つものが採用されているのだ。